終わりと始まり08


 透明な闇の中、ハサミを握り締めたまま座り込む女の子がいる。その表情は暗く、表情がない。今にもそのハサミを手首に振り下ろしそうだ。
 麻衣は彼女に近寄り、そっとハサミを握りこんだ。

 脳内に彼女が受けた苦痛が一気に駆け抜けた。

 彼女は父が再婚した相手の義理の母に苛められていた。
 父はそれに気付かず、かといって再婚に喜ぶ父に言える筈もなく、常に肩身の狭い辛い思いをして生活していた。
 家にいづらい彼女は、学校が唯一の逃げ場所だった。
 保健室の先生はいつも優しく自分を受け入れてくれた。

 だがあの日、三人の男子生徒が彼女を襲った。

 義理の母よりももっともっと酷い痛みを彼女に与えた。
彼らは楽しんで私の心と体をばらばらに壊した。
しかも彼らはまた彼女を苦しめると宣言した。
写真を皆にばら撒かれたくなかったら誰にも言うな
また遊ぼうと言われた。
 彼らから逃げたかった。
 でもどこへ?
 家にも居場所もない、学校は更に危険な場所となった。

そうだ、お母さんのとこへ行こう。

 彼女は机にあったハサミに手を伸ばし、一気に手首へ振り下ろそうとした・・・。

「待って」

 涼やかな声が響き、誰かが彼女の手を掴んだ。
「もう逃げる必要はないよ?貴女を苦しめた奴らはもう捕まったから」
 見ると明るい髪の女性が私の手を握っていた。
「・・・ホントに?」
「うん。もうこの学校にはいない。だから安心して?」
「良かった・・・」
 佐々木良子は握り締めていたハサミを下ろし脱力した。
「辛かったね。痛かったね。もう大丈夫だから・・・」
 優しい言葉に涙が零れた。
 そんな優しい言葉は保健室の先生にしか言われたことがない。そういえば随分先生に会っていないような気がする。
「ねぇ、良子ちゃんは行きたい場所や会いたい人っている?」
 明るい髪の女性に突然聞かれた。

 会いたいといえば・・・
「お母さんに会いたい」

 小さい頃に亡くなった母に会いたかった。綺麗で優しいお母さん。でも突然事故で亡くなってしまった。
出来ることならもう一度会いたかった。
「じゃあ会いに行ってみようよ。お母さんも良子さんに会いたいと思うよ?」
「そうかな・・・随分会ってないし、会いにいっても私だと分かるかな?」
「当たり前だよ!、・・・ほらあっちに行けば会えるよ」
 女性がついと指差した方向に明るい光が見えた。
「あそこに行けばお母さんに会えるの?」
 聞くと女性は満面の笑みで頷いた。
 なら行ってみよう。

 立ち上がり、光に向かって一歩、歩き出す。
 何故かふらつく、随分歩いてなかったような感じがする。
 でもお母さんに会いたい。
 ふらつく足をしかりながら、彼女は一歩一歩前に進んでいった・・・。


 麻衣は彼女が光に向かって歩き出し、光にとけて見えなくなるまで見守っていた。
 自分達が捕まえた三人組は、後日DNA鑑定の結果佐々木良子さんを乱暴した犯人だと判明した。
 それを聞いた麻衣はどうしても佐々木良子さんに会いに来て教えたかった。
 もうあなたを苦しめる人はいないよ、と。

「お見事!」

 パンパンと拍手の音に振り向くとジーンが立っていた。
 満面の笑みで私を迎えてくれた。
「凄かったね、麻衣」
「へへへ、頑張りました」
「辛くなかった?」
「大丈夫」
 確かに彼女の乱暴された記憶が一瞬流れ込んだけれど自分が経験したものじゃないと切り離すことが出来た。
「麻衣はどんどん成長するね・・・。師匠としては嬉しい限りだけど、ちょっと寂しいかな」
 そう言って少し寂しげに微笑んだ。
「あ、成長と言えば、ジーンに報告することがあるんだけど」
「何?」
「今私ナルとお付き合いしてるの」
「えええ!本当に?」
 ジーンは驚いて目を見開いた。
 あのナルが麻衣を射止めるなんてそれこそ凄い成長だ!
「うん。いつかジーンの妹になっちゃうかもよ?」
 おどけて言うと、ジーンは少し複雑な顔で微笑んだ。
「おめでとう!大変だろうけどナルをよろしくね」
「任せて!」
 威勢の良い未来の妹に、ジーンは微笑んで手を振った。
「また・・・」
「また!」
 あたたかな暗闇が二人を包み、互いを別つ。
ホントにまた会えますようにと麻衣は目を閉じた。
 
 * * * 

 パチリと目を覚ますと、ナルの顔が至近距離にあった。
「起きたか」
 すぐ離れたけれど、この綺麗な顔に至近距離で見つめられるのは心臓に悪い。最近何度も間近で見ることが増えたのに、全然慣れないでドギマギする。いや、お付き合いを始めてからのほうがドキドキ度が上がった気がする。
「首尾は?」
「ばっちり!」
 麻衣はガッツポーズを決めた。
「そう」
 ナルが差し出してくれた手を握ると、引き起こしてくれた。
 立ち上がりスカートについたホコリを払う。物置に座り込んでいたのでホコリが凄い。パンパンとホコリをはらって身支度を整える。
「帰るぞ」
「はーい」
 先に歩き出したナルの後ろを追いかける。
「ね、ジーンに会ったよ」
「そう」
「ナルと付き合いだしたって言ったら酷く驚かれた」
「・・・・・・・・・」
「いつかジーンの妹になるかもよ?って言ったら大変だろうけどナルをよろしくって頼まれちゃった」
「麻衣によろしくされるほど落ちぶれちゃいない」
「またまたぁ、こういう時は素直にこちらこそよろしくって言っとくもんだよ?」
「ふん」
 冷たく言っても麻衣は気にせず、ニコニコと笑いながらナルの隣に並び手を伸ばす。
 自然とナルもその手を掴み、指を絡めた。


 繋ぐ左手の薬指には自分が贈った金の指輪が光っている。

 そのことに満足を覚えながら二人で歩き出した。




(完結)

ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
この後も番外編とか二人のその後もまったり書いていきたいと思います。
あ、二人の初エッチは本だけの特典ということで許したって下さい。まー読まなくても大丈夫、だと思う...。


2012.01.12
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