終わりと始まり06


「麻衣は先に帰っていろ。僕達はオフィスに寄っていく」
「分かった」
 マンションの近くで降ろされて一人家路に着く。
 歩きながら考えるのはやはり犯人だった三人の子達だ。
(なーんか後味悪いんだよねー・・・)
 確かに私達の仕事は部室棟で起きていることを調べることであって、現象を解明して犯人を捕まえればお役ご免だ。その後は学校側が判断することだと思う。
でも今までこんな風に動機を調べないのは始めてだ。中途半端ですっきりしない。
それに佐々木さんのこともある。出来れば彼女を浄霊してあげたかった。でもジーンに止められた以上、今の私には力不足なんだろう。
ジーンが言うとおり浄化に向かっているなら自然に浄化されるのを願うしかない。
そこまで考えて傍と気付いた。
「校長先生に佐々木さんのこと話し忘れた・・・」
 ナルが事件のことを報告したけれど、佐々木さんを霊視したことは報告せずに帰ってきてしまった。
 校長先生は佐々木さんのことに心を痛めていた。まだあそこに彼女は留まっているけれど、浄化に進んでいると教えたかったのにすっかり忘れてしまっていた。
 また、彼女がいる場所は感受性の強い子は近寄らないほうがいいと注意したかった。
(後日報告書を提出するときに話せばいいんだけど・・・)
それにあの子達のことも気になる。
学校は電車を使って一時間もかからない。これから行っても校長先生はまだいるだろう。佐々木さんの話をしつつ、彼女達がどうなるのか聞けるかもしれない。
(それにナルがいない時の方が良いかも?)
 ナルにバレたら余計な詮索をするなと叱られるだろう。
なら今日のうちに行って少しでもスッキリした方がいい気がした。
 麻衣は踵を返し来た道を戻りはじめた。


 * * * 


(すっかり暗くなっちゃったなぁ・・・)
 麻衣が学校に到着したのは六時過ぎ、辺りはすっかり暗くなってしまった。特に学校は植物や建物が多く、電気を消されると深い闇が落ちる。
(でも校舎には明かりが灯っているのでまだ大丈夫)
 麻衣は足早に校舎へと向かおうとした。
 が、その前に部室棟に向かう人影が目に入った。
(あれは・・・鈴木さん?)
 遠目だけれど、はっきりした顔立ちの子だから多分間違いない。
彼女はテニス部だからいるのは可笑しくない。だけど今日あんなにショックを受けていたのに部活をするとは考えにくい。
それに男性用の部室棟は明かりがついているが、女性用の部室棟はどれも明かりが消えていた。明日校長が説明するまであの噂は消えない。皆早めに部活を切り上げているようだ。
考えている間に鈴木さんが室内に消えた。
彼女が周囲を見回して入室していくのが気になった。
 麻衣は校舎には向かわず部室棟へ向かった。

(・・・やっぱり何か変)
 鈴木さんがテニス部の部屋に入ってから暫く様子をみたけれどまだ明かりがつかない。真っ暗な部屋で何をしているのだろうか?
麻衣は一瞬迷って、静かに部室のドアを開けて中の様子を伺った。部室は手前に事務机が置かれたミーティングルーム、奥にロッカールームがある。そのドアから明かりと、人の声が漏れていた。
 奥で誰かと会うにしても入口の電気をつけないのは変。
(まるで中に人がいるのを知られたくないみたい・・・)
 中で何をしてるんだろう?と麻衣は首を捻る。
 そこへ・・・
「お願い・・・もう止めて・・・」
 小さく鈴木さんの嫌がる声が聞こえた。
 それと誰かの笑い声。
 中で彼女が嫌がり、それを笑う誰かがいるのだ。
 もしかして彼女は中で苛めを受けているのかもしれない。それで部室に人が残らないようあんな悪戯をしたのかもしれない。そう思えばとても納得がいく。
(どうしよう・・・)
 学校の中の問題だから先生をつれてきた方がいいかもしれない。そうすれば動機を理解され彼女の処分も軽くなるかもしれない。
 そう思って校長室の方へ向かおうとすると
「イヤッ!ヤメテ!!」
 鈴木さんの悲鳴が響いた。
 これは調査で何度も聞いたことがある。本当に切羽詰った時に出す声だ。彼女は本気で身の危険を感じている。
 その声を聞いた瞬間、麻衣は条件反射で駆け出していた。
 室内に入りロッカールームの扉に手をかける。
 そして勢いよく開いた!
 
「鈴木さん!」

 中でロッカーのドアに縋りつきながら泣く鈴木さんがいた。その衣服は乱れ、制服のシャツがスカートからはみ出ていた。前のボタンも外れて下着が覗けた。
 そして彼女の腕を掴んでいるのは見覚えのある男子生徒・・・、例の三人組のツンツン黒髪男だった。茶髪とピアス男も二人を眺めるような位置に立っていた。
 衣服の乱れた女子生徒に複数の男子生徒・・・。
 中で何が起きようとしているのか一目瞭然だった。
思いもしなかった状況に麻衣は硬直した。
四人も驚いて麻衣を見ているが、いち早く反応したのは茶髪の男だった。
「あっれ~おねえさんじゃない。帰ったんじゃなかったの?」
 その声に我に返り、麻衣は鈴木さんの腕を掴み自分に引き寄せようとしたが茶髪に阻まれ、逆に腕を掴まれてしまった。
「勇ましいね~、ますます好みかも」
「放して!」
「だめ~」
 麻衣は暴れたが相手は身長170㎝以上ある男。女の麻衣の力じゃびくともしない。麻衣の抵抗を楽しむように薄ら笑いをしていた。
「飛んで火にいるなんとやら」
「見られたからにはお仲間になってもらわないとね」
「ふふふ」
 三人の視線がこちらを向いた。獲物を見つけて舌舐めずりする目に悪寒が走る。
「イヤッ!!!」
 あっという間に床に押し倒された。コンクリートに背中があたって痛い。
「俺一番乗りね」
「んじゃ俺二番」
「ちぇっ最後かよ。早くしろよ」
 男達は麻衣を押さえつけながら勝手な相談をする。
ピアス男が麻衣の腕を掴み万歳の形で固定し、茶髪男が麻衣の太ももの上に馬乗りになった。黒髪は参加していないから鈴木さんを拘束しているのかもしれない。
茶髪男は麻衣の服を脱がしにかかった。コートのボタンを乱暴に外し腕を抜かれた。コートを下敷きに麻衣を床に押し付ける。今日は綿のカーディガンとシャツを着ていた。茶髪男は両方に手をかけ一気に横へ引く。
 ブチブチブチッ!
 いくつものボタンが弾けとんだ。まだボタンが残っていたシャツを引き出し更に横に引き裂く。ビリビリビリと布の裂ける音。麻衣はあっという間に素肌をさらされた。
「いやああああああッ!」
 麻衣は体をよじって抵抗するが男の力には到底叶わない。
「ちょっと静かにしようね~」
 茶髪男にタオルを口に突っ込まれた。
 もがいて抵抗するが全然意味が無い。茶髪男は麻衣のブラジャーを無理矢理上にずらし、その小さめな膨らみを無遠慮に掴んだ。
(痛ッ!!!)
「ちょっと小さいけどなかなかの美乳さん。いい感触~」
「俺は美乳より巨乳派。ものたんね」
 麻衣に圧し掛かる男達は勝手なことをほざいて笑っている。
「んじゃいっただきまーす」
 茶髪男が麻衣に圧し掛かってきた。
首筋に濡れた感触・・・おぞましさに吐き気がしそうだ。
(ヤダッ!)
 嫌悪感に涙が浮かぶ。男は好き勝手に胸を揉み、麻衣の鎖骨まで舌をすべらす。まるでヒルに吸い付かれたような怖気がはしる。
(イヤ!ナルッ!ナルッ!!)
 無意識にナルに救いを求めるが、どんなに叫んでもタオルで塞がれ声にならない。
 麻衣は何とか逃げられないか視線を彷徨わせる。でも何も助けになるようなものはない。なのに男は好き勝手に動いていく。茶髪の手はいつの間にかスカートの中に入り、太ももをいやらしくまさぐっている。
 逃げられない状況に麻衣は涙を零した。
「あらあら泣いちゃった」
「泣くことないでしょー、俺達上手いから安心して?」
「そうそう。気持ちよーくしてあげるからね」
 イヤらしく笑う奴らが憎い。
(まだナルとだってしたことないのに・・・ッ)
 笑った茶髪は再び麻衣に覆い被さってきた。胸に濡れた感触。絶望感でさらに涙が零れた。
(逃げられない・・・)

 その時・・・

 バンッ!!!

 突然大きな音がしたと思ったら、麻衣の上に覆い被さってた重みが突然無くなった。
(え・・・)
 急に開けた視界の先に・・・ナルがいた。
(ナル・・・ッ!)
 喜ぶ間もなくナルは麻衣の手を押さえていたピアス男を殴りつけた。男は吹っ飛び転がって壁にぶつかった。
 両手が自由になった麻衣は起き上がりタオルを外して前を掻きあわせる。震える指でボタンを閉めようとしたがボタンが弾け飛んで叶わなかった。
 そうしている間に横でドサッっと人が倒れた。見ると黒髪男だった。ナルが倒したのかと思ったらリンさんが手刀の構えで立っていた。多分リンさんが倒したのだろう。
 突然現れたナルとリンに麻衣は唖然とする。
「・・・何で二人がいるの?」
 麻衣の当然の疑問には答えず、ナルは自分の上着を脱いで麻衣に被せた。暖かい感触と慣れた臭いに麻衣はホッとする。同時に驚きで堰きとめられていたものが一気に溢れた。
「ナルッ!!」
 麻衣はナルに抱きついて号泣しはじめた。
 ナルは麻衣を固く抱きしめ、深い安堵の溜息を零した。
「・・・無茶するな」
 麻衣は何度も頷いた。

「あの・・・これは一体・・・」
 状況が掴めないのは鈴木さんも一緒だった。
 呆然とする彼女の元へ駆け寄り抱きしめる女性がいた。校長先生だった。彼女は鈴木さんを抱きしめながら繰り返した。
「もう大丈夫、大丈夫だからね」
「先生・・・」
「酷い目に合ったわね・・・。もう彼らは捕まって処罰されます。もう我慢する必要は無いのよ」
「せんせぇ・・・」
 鈴木さんも嗚咽を漏らし始めた。

 リンは転がっている男達を持ってきていたガムテープで後ろ手に指を拘束し、逃げられないよう足にも巻いておく。後は広田に連絡を入れればいい。
「ナル、ここはいいですから谷山さんを送って上げて下さい」
「頼む」
 ナルはリンに後を頼み、麻衣を抱き上げてその場を後にした。

 * * * 

 麻衣はナルが運転する車の中で今回の真相を聞いた。

「初日にあの部室で婦女暴行が行われていたのに気付いた」

ナルは部室に機材をセッティングしている時にたまたまペンを落とした。拾おうとしたら、その横にボタンが落ちているのに気付いた。拾って机の上に置こうと手を伸ばすと、一瞬触れただけでこの部屋で暴行事件があったことを読み取ってしまった。誰かがここで乱暴された時に外れたボタンらしかった。
「僕がみたのは三人の男達に呼び出され、逆らえずに好きにされる女性だった。彼女は脅されていた。またそれが一度や二度ではなく日常的に行われている様子だった」
 サイコメトリで得た情報の中で彼女は『逆らえない』『もう嫌だ』『誰か助けて』と心の中で叫んでいた。
また、男達は彼女に対し『また楽しもう』などと日常的に行われていることを仄めかしていた。
「あの三人組はどこからか部室の合鍵を手に入れ、夕方になり女生徒が帰った頃に女性を呼び出し乱暴していた」
「・・・それが鈴木さんと遠藤さんと真鍋さん?」
 ナルは頷いた。
「あの部屋を詳しく調べたら彼らが使用していたらしきライターが見つかった。それをサイコトメリした結果、複数名が被害にあっているのが分かった」
「・・・もしかして私を帰した後に探してたの?」
 ナルはこれにも頷いた。
「このことから、血痕・泣声・噂は彼女が犯人ではないかと推測した。騒ぎが起きればここは使えず、自分も呼び出されずに済むと考えたのだろう」
 事実、小火騒ぎの間はあの部屋に呼び出されることが無かったらしい。それで自分達で騒ぎを起こせばいいと考えたそうだ。
 後で分かったことだが、彼女達は当初は彼らの一人と交際していたそうだ。だがある日、交際相手に呼び出されてあの部屋に行ったら三人がかりで乱暴されてしまった。彼らは三人で女性をおもちゃにすることに悦びを感じていたそうだ。彼女達はその時に写真を撮られてしまった。逆らったらネットにばら撒くぞと脅されれば、イヤイヤながらも従うしかなかった。
 どこまでも酷い話だ。
「しかし被害者が誰かまで特定することが出来なかった。だから騒動の犯人を見つけ出し、一旦撤収したと見せかけて加害者が動き出すのを待った」
 ナルは被害者が特定できた段階で校長に訳を話した。相談の上、撤収したようにみせかけ実はカメラを残していた。そして動き出すのを待っていた。
 一ヶ月近くも部室を利用できなかった彼らは、利用できるようになった途端、鈴木さんを呼び出したようだ。
「何で話してくれなかったの?」
「強姦罪を立証するのは難しい。二人以上の集団により現場で共同して強姦・準強姦を行った場合は集団強姦罪・集団準強姦が成立し、告訴の有無に拘らず公訴を提起することができるそうだ。彼らを罪に問うには証拠を掴む必要があった。そのためには彼女達をオトリにして証拠を掴むしかない。・・・麻衣はそれに納得できたか?」
「・・・・・・・・・」
 麻衣は静かに首を振った。彼女達を救うためといっても頷けたとは思えない。ついさっき暴行されそうになった今は特に頷けなかった。
「それどころか麻衣は自分がオトリになると言いかねない。それは避けたかった」
「ナル・・・」
 内緒にしてたのは私のためだった・・・。
「結果的に麻衣に言わなかったことが全部裏目に出たな」
「だって何も知らなかったから・・・」
 疲れたように言うナルに麻衣は身を小さくする。
「麻衣のことだからあの三人が気になって戻ったのだろう。それは分かるが何故後先考えず突っ込む。悲鳴を聞いた段階で何故誰かを呼ばない。少しは無茶をする癖を直せ。いつか本当に取り返しのつかない事態になるぞ」
「ごめんなさい・・・」
 心配かけてごめんなさい。いつもいつも無茶してごめんなさい。これが罠じゃなかったら本当に私は乱暴されていた。
 その恐ろしさと助かった安堵がないまぜになって涙が次々に零れて落ちた。
 泣き続ける麻衣にナルは溜息をつく。その横顔がとてもくたびれて見えた。
「・・・無事だったからいい」
 髪をなでてくれる感触が優しくて、更に涙が零れた。




201212.4
× 展示目次へ戻る ×