終わりと始まり04 |
翌朝、麻衣はお手製の朝食を携えて学校に行った。 「昨夜はどうだった?」 二人は首をふった。やはり何の反応も無かったらしい。 「今夜も続けるの?」 「いや、今日で決着をつける」 何の実りもない調査に飽き飽きしてるのだろう、ナルは不機嫌そうに言い捨てた。 「どうやって?」 麻衣の質問にナルは答えず、逆に問うてきた。 「・・・例の三人は何時に来る?」 「放課後、ホームルームが終わった三時ごろだって」 ナルは頷いて「校長室へ行ってくる」と言って出かけてしまった。 * * * (暇だ・・・) 麻衣はベースで留守番をしながら暇をもてあましていた。 午前中に雑用は全部終わってしまい、昼を食べた今はやることがない。そもそも心霊現象が起きてないのだから処理する雑用が少ないのだ。 それでも例の三人が来るまで、聞き込みメモを改めて読み込んだり整理したりと雑用を見つけて過ごした。 でも単純作業は眠くなってしょうがない。特に二時から二時半あたりがヤバイ。一番危険な睡魔時間だ。誰か話し相手がいれば紛れるけど今は誰もいない。 ヤバイな~と思ったらうつらうつらしてしまい・・・ 気がついたら私は暗闇の中にいた。 「やば・・・また寝ちゃった・・・」 麻衣がいるのは黒く透けた校舎の廊下。私達がベースとして使っている部屋に面した廊下だった。 「うー、ナルに見つかる前に起きてくれないかな、私」 時間給で働いている身で居眠りは言語道断。見つかる前に早いとこ起きたかった。それに心配してもらったのに居眠りで夢に入ってしまうなんてちょっと申し訳ない。 でも折角この状態になったのだから保健室があった場所を覗いてみたい。助けられるか分からないけど、どんな状態になっているか確認したかった。 麻衣はキョロキョロと保健室を探していると 「こっちだよ」 声をした方を向くと、ジーンがいた。 「久しぶり」 そう言って微笑む笑顔がホントに綺麗で、ナルに少しわけて欲しい。同じ顔なのに奴には表情筋が欠けているとしか思えない。麻衣はジーンに駆け寄って微笑んだ。 「久しぶり、ジーン」 「あれ、髪伸びた?」 「うん、今伸ばしてるんだよ」 「可愛いね」 「あ、ありがとう」 滅多に言われないことをナルと同じ顔で言われると破壊力倍増だ。幽体でも顔が熱くなるのを感じる。 「ジーンがいるということは霊がいるのかな」 「いるよ。あそこに」 ふいっとジーンが指差すと、目の前にあった壁が透けて線だけになる。 ジーンが指し示す先に一つの鈍い光が見えた。 「近くに行ってみよう」 ジーンに手を引かれて歩く。どう歩いたか分からないがいつの間にか物置きの中にいた。物置だというのに、隅にお花が置いてるある。多分亡くなった佐々木さんのためのものだろう。ここは元保健室があった場所だった。 そして今もここに佐々木さんはいた。 彼女は床に座り込みハサミを握っている。今にも手首に突き刺そうとしている。 ハサミに気付いた麻衣が慌てて止めようとしたら、クイッと腕を引かれた。振り向くとジーンが私の腕を握って首を振った。 「止めた方がいい。巻き込まれるよ」 「でも・・・」 「今の状態では話を聞くとは思えない。彼女は自分が辛い目にあったことに囚われて繰り返し再現している。・・・麻衣が辛い思いをするだけだよ」 「・・・・・・・・・」 彼女は乱暴されたことを苦にして自殺した。それに巻き込まれるということは同じ体験をするということで・・・。麻衣は身震いした。以前夢で乱暴された女性と同調したことがある。最後までは見なかったけれど、あの時の恐怖はなかなか消えてくれなかった。 「大丈夫、彼女は放っておいても悪さはしない。少しずつ浄化は進んでいるよ」 「そうなの?」 「うん。ほら、ハサミを振り下ろしてはいない。血が流れてないでしょ?」 確かに今にもハサミを手首につきたてようとしているけれど、その状態で止まっていた。まるで静止画像のようだ。 「自殺した人の浄霊は難しい。大抵は人の話を聞かないからね。ただ彼女の場合は病気だった。なのに辛い目に逢って追い詰められた。心神喪失の状態だったんだろうね。時間をかけて病気が癒えれば自殺してしまったことを後悔して浄化に向かうと思う。彼女のご家族と友人、あとここの先生かな。ちゃんと供養してくれていてその気持ちが伝わって彼女を癒してくれている。時間はかかるけど少しずつ心が癒えれば、いずれハサミを置いて旅立つことが出来ると思うよ」 「良かった・・・」 「ただあっちの世界では自殺の罪は重い。旅立てても彼女の試練は続くだろう」 「・・・・・・・・・厳しいね」 「そうだね。安易に死を選ぶのは時に生きていくことより恐ろしい。生きていれば良いこともあるだろうけど、死んだら真実の闇に堕ちて行くだけだから」 語るジーンの横顔が寂しくて、私はジーンの手をギュッと掴んだ。感触も体温もないけど、生きてる私の体温が伝わればいいと願った。そうすれば闇の中でも少しでも暖かいと思ったから。 涙目になった私をジーンが優しく抱きしめてくれた。 「僕は大丈夫」 「ホントに?」 「うん、いつも暖かな夢の中でまどろんでいるような感じだから」 「なら良かった」 ふわりとジーンが微笑んだ。 「・・・時間だ」 ふっとジーンが遠く離れ視界が暗くなる。私が遠くに行くのかもしれないけれど答えは分からないままだ。 ジーンが見えなくなった頃、私は目をつむって目を覚ました。 パカンッ! 起きた途端、頭に衝撃が入った! 「イタッ!」 「起きたか」 頭の上から冷たいテノールが響いた。見たらナルがファイルを掲げて眉間に皺を寄せていた。あのファイルで叩かれたのなら痛いはずだ。 「いつになったら居眠り癖がなくなるんだ?」 「勘弁して!ちゃんと情報収集してきたから」 「・・・夢を見たのか?」 静かな声に若干心配なニュアンスを感じた。 「大丈夫!怖いことは何も無かったよ!ちょっとやばそうな時があったけどジーンが止めてくれたしね」 安心させるようにニッコリと笑うとナルは眉を顰めた。 「ジーンと会ったのか」 「うん。やっぱ佐々木良子さんは保健室にいたままで動いてない。部室棟に行くとは思えない状態だったよ」 「やはりな」 ナルは溜息をついて机に戻った。ファイルをぱらぱらと捲る姿は文句無く格好良い。黙ってそうしてれば一枚の絵画のようだけれど、残念ながら美術鑑賞をするような高尚な趣味は持ち合わせてないのであまり心には響かない。 「何だ」 「んー・・・ジーンに言い忘れたと思ってさ」 「何を」 「ナルとお付き合いしはじめましたって」 「・・・下らない」 「何でさー、喜んでくれると思うよ?」 「どうだかな。それより時間だ。用意しろ」 「何の?」 「・・・例の三人が来る時間だろう」 「え・・・あ―――ッ!」 時計を見ると三時十分前、あと十分しかないッ 「十分以内に用意しないと居眠り分給料から引くぞ」 「はいッすいません!」 叱られて大急ぎで準備する。ナルは優雅にファイルを捲ったままだ。急かしたくせに自分は手伝わないんだからなー、まぁ雑用は私の仕事ですけどねッ! 大急ぎで準備を整えると何とか約束の時間前に終わった。やれやれと溜息をついたらナルの冷たい声が響いた。 「九分五十四秒、・・・罰金は免れたな」 驚いたことにナルは時間を計っていたらしい。 どんだけ細かくて嫌味な男なの! (デートの遅刻も秒刻みで測ってたら絶対別れてやるッ) こぶしを握り締めて出来もしないことを心の中でわめいた。 |
2012.9.4 |
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