終わりと始まり03


 個別の聞き込みはその学年が使っている階で行う。授業を抜け出させるから少しでも近い距離の方が良い。
お昼の休み時間までに二年生まで終え、残るは三年生のみ。
 麻衣は三年の聞き込みを開始すべく、クラスがある三階に向かった。ベースは一階なので階段を上っているときに、踊り場でこちらを見る三人組がいた。
(嫌なのにぶつかっちゃったな・・・)
 学校の調査で困るのは人が多いことだ。
 心霊現象の調査団体なんて胡散臭いことこの上ない。好奇心の塊の学生が興味を持って私達に話しかけたり、機械を珍しがって質問してきたりする。お客さんも多くベースを眺めに来る者、噂の美青年を見物に来る者とかがひっきりなしに訪れる。と言っても、大概はいい子で無害だ。邪魔な時も多いけど。
 ただたまーに困った子達がいる。
「いつまで調査ってやってんの?」
「まだはっきりとは決まってません」
「早くしてくれよな。男子用部室棟もとばっちりで使えないんだからさ」
「鋭意努力します」
「おねーさんこの後俺らと遊ばない?」
「仕事中ですから」
 茶髪とツンツン頭とピアス男。この三人組は昨日もベースに冷やかしできた。人のことをジロジロ見てはニヤニヤ笑って感じが悪い。今も立ちふさがって私を通そうとしない。
「通してください」
「おねえさんの名前教えてくれたらいいよー」
「歳も知りたいな」
「ついでにスリーサイズも」
 何が面白いのかぎゃははと笑っている。付き合ってられない。
「あ、校長先生!」
 彼らの背後に向かって手を上げ笑顔で大きな声を上げる。三人が一瞬背後を見た隙に横をするりと抜けた。
 チョロイもんだ。
背後で「嘘かよ」「ガードかてぇなぁ」「処女じゃね?」などとふざけた声が聞こえた。全く性質が悪い。今度彼らを見かけたら迂回しよう。
 麻衣は先ほどの腹立ちを晴らすように三階まで一気に駆け上がった。

 * * *

三年生の聞き込みは二時間ほどで終わり、ベースに戻り集計していく。
生徒の口にのぼった名前を名簿の一覧の横に正印で回数を記入して行く。またその生徒が誰から聞いたかも記入し、後で噂の元になった人はその人の分もカウントしていく。誰か聞いたか覚えてないという生徒はカウントは据え置きだ。
そうしてポイントが多い生徒が噂の元となった可能性が高い。
ポイント別に並べ替えたリストが出来上がる。
「ナルー、集計終わったよ」
「見せてみろ」
 ナルはリストをざっと見た。
 リストでは上位三名がほぼ同じ数で他を圧倒していた。
「学年がばらばらだな。この三名の所属している部活を調べとけ。あと明日の放課後にここに連れてこい」
「はーい」
 麻衣は職員室へ聞き込みをしにいった。

「ただいま~」
 聞き込みを終えた麻衣がベースに戻ると安原さんが到着していた。
「あ、安原さん!お疲れさまです」
「谷山さんもお疲れ様」
 安原さんは亡くなった女生徒について裏付け調査を頼まれていた。別の用事も頼んでいたらしく到着したのは午後7時を過ぎていた。全員揃ったし、お疲れの安原さんを労うためにも夕ごはんを食べてから報告会をすることにした。
今日は家に帰った私がお弁当を作ってきた。
「おやおや、愛妻弁当ですか。羨ましいですねぇ」
 お弁当を広げてナルに渡していると安原さんは顎に手をやりながらホホウと冷やかしはじめた。さすが越後屋、からかう仕草も時代がかっている。
「安原さんの分もあるけどけどどうしよっかなー」
「申し訳ありません。ぜひ僕にも同僚弁当を恵んでください」
 麻衣がツーンと澄まして取り上げる仕草をすると、安原さんはへへーと拝む仕草をみせた。
「同僚弁当って初耳です」
「僕も初めて言いました」
 もちろんリンさんの分もある。リンさんの場合はいつもお世話様ですと言いたくなるからお世話様弁当かな?(笑)

 ささやかなディナータイムを楽しんだあと報告が始まった。
 先ずは安原さんの報告からだ。
「二年前の事件はほぼ校長先生がおっしゃった内容に間違いありません。二年前の四月に佐々木良子さんは手首の傷による出血多量で亡くなっています。享年十六歳、高校二年に上がったばかりですね。彼女は一年の秋頃から学校には来ても授業中に吐き気がするなどして、保健室で休むことが多かったそうです。彼女は鬱病だったようですね。そんな状態で事件に遭い、発作的に自殺を図ったと思われます。・・・普通は手首を切るときは迷うのでためらい傷がつくんですが、彼女はハサミでバッサリと迷い無くかき切っていたそうです」
「・・・可哀想だね」
「はい。しかもまだ犯人は捕まっていない。犯人を見た者は誰もいなく捜査は難航し容疑者もいないそうです。このまま行けばお蔵入りでしょうね」
「・・・・・・・・・」
 それはさぞ無念だろうなと思うけど、犯人探しは警察のお仕事であって、私達に出来る事は無い。
「こちらが佐々木さんの写真です」
 文化祭の時の写真らしい。彼女は友人と共に制服姿で映っていた。写真の中ではウェーブがかかった栗色の長い髪をした少女が映っている。可愛らしい少女だ。引っ込み思案な子なのか、少し友達の影に隠れている。
「鬱病の原因は?」
「詳しくは教えてくれませんでしたが、保険医の話では家庭に問題があったようです」
「そうですか」
 ナルは考え込むように俯いた。その袖をちょいちょいと引っ張り質問する。
「鬱状態だと何か関係あるの?」
「霊は死んだ時の状態に縛られることが多い。鬱状態で発作的に自殺を図ったなら尚更外へ意識が向かない。自分の中に閉じこもろうとする。何年も経って変異したか何か理由が無ければわざわざ離れた部室棟に出没するとは考えにくい」
「なるほど」
 また一つ、心霊現象の可能性が消えたわけだ。うーん、限りなく0になりつつあるかも。

 次は私の聞き込み内容を発表した。
「結局噂だけで誰も霊を見た人はいなかったよ」
 そして先ほどの集計結果を発表した。
「上位三名がダントツに多かった。テニス部三年の鈴木さん、陸上部二年の遠藤さん、あと部室棟を使ってないんだけど茶道部一年の真鍋さんの三人」
「部室棟を使ってない?」
「うん、文化系の部室は校舎内にあるから」
「そう・・・」
「明日ここに来てもらうよう校長先生に頼んどいた」
「分かった。僕が話を聞く」
「了解」
 その後は翌日の打ち合わせをした。

「今日もいいの?」
 9時過ぎ、ナルとリンさんは残ってデータチェックするらしいが麻衣と安原は帰っていいと言われた。
「どーせ碌なデータはとれないから帰っていい」
 そう言われはしたが何か申し訳ない。
・・・決して夜間手当てが欲しいわけじゃないからねッ
 後ろ髪引かれつつも安原さんに送られながら帰宅する。
「変ですよね」
「何が?」
「いつもなら雑用言いつけるから残させるでしょ?何で今回は帰されるのかなぁ。二人で夜中に何か仕込んでるのかも・・・。安原さん何か聞いてません?」
頭脳派組の安原さんなら聞いてるかと話を振ると、安原さんは苦笑した。
「何か仕込んでるっぽいのは確かだけどまだ僕も知らされてない。ただ宿泊の件は谷山さんが心配なだけだと思うよ?」
「何で?学校への泊り込みも皆との雑魚寝も慣れてるよ?」
「そうじゃなくて・・・ここは乱暴されて亡くなった女性がいる訳でしょ。谷山さんがその夢を見るのを危惧しているんじゃないかな」
「あ・・・」
 確かに事件当時の女性徒の夢に巻き込まれる可能性がある。しかも私の夢は当事者に成り代わることが多い。すなわち私が乱暴される夢になる可能性もある。
 でも本人と完全に同調することは殆ど無い。ナルがサイコトメリして私に中継してしまったりしたときくらいだ。その他はジーンが引き剥がしてくれたり、自分で体を思い出して脱出する。
 心遣いは嬉しいけれど、調査員としてはちょっと不満だ。
「・・・大丈夫なのにな」
 そりゃ完全に大丈夫とは言えないかも知れないけど、今までだって乗り越えて来た。変に特別扱いされたくない。
 俯いた麻衣の頭を安原はぼーさんのようにポンポンと叩いた。
「谷山さんがそう言うと思ったから、所長は何も言わなかったんだと思うけど?」
「・・・・・・・・・」
「それに谷山さんが大丈夫でも、彼氏としちゃ彼女をそんな目に遭わせたくないと思うのは当然だよ」
「それは分かるけど・・・」
「おや、認めたね?」
「へ?」
「彼氏と彼女と言われても否定しませんでしたねぇ」
「あー・・・はい」
 ニマニマ笑う安原さんに向かって頬をぽりぽり掻きながら素直に認めた。

 あの夜から私とナルは一歩前進した。
 お付き合いしていると言っても差し支えないと思う。
 ナルは相変わらずナルで素っ気無いし、好きとか言葉では全然言ってくれない。
 でも手を繋いでくれたり、軽くキスしてくれるようになった。ごくごくたまにだけれどナルから行動してくれるのが嬉しい。
 問題は山積みだけど急ぐ必要は無い。
あの夜に言葉以上の答えを貰ったからもう不安は無い。
ゆっくりでいいと思えるようになった。

「はぁ~、そこらへんの所をよっく聞くために飲みに誘いたいけど、明日も調査なのが残念・・・」
「えへへ、まぁいずれまた」
「二人がイイ感じになったと思ってましたから意外じゃないけどね」
「・・・分かりました?」
「もちろん、越後屋の名は伊達じゃないよ?」
「お流石です」
「にしても二人の関係が順調なら、宿泊を嫌がる別の理由もあるかもね」
「例えば?」
「それは言えません。武士の情けです」
「何それ~」
「男にもイロイロあるんです」
 不満顔の麻衣に安原は越後屋笑いを浮かべた。
 男二人に女一人、今回のように現象が起きる可能性が少ない場合は寝ずの晩は一人でいい。麻衣とナルが、麻衣とリンが雑魚寝する可能性がある。昔の二人なら全然問題なかっただろうが、最近二人はいい感じである。それなら彼氏としては雑魚寝は複雑なんじゃないかと勝手に推測している。
(夢の危険九割、複雑な男心が一割くらいでしょうか?)
 安原は勝手に想像してにんまりと笑った。
 さて、真実は如何に?

2012.8.23
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