終わりと始まり02

 昨日はいつも通り機材を設置したが何の反応も出なかった。
 心霊現象は部外者を嫌う。初日は大抵反応が弱い。けれど少しは温度が低かったり妙なノイズが入ったりと少しは反応がある。本物の心霊現象があれば全く反応が無いのはかえって珍しい。但し、これは日本支部の引き当てる依頼内容が特殊すぎる傾向にせいかもしれないが。
 しかも昨日聞いた証言は伝聞ばかり。実際に霊を目撃したという証言は誰もいなかった。
ただ血痕や女性の泣声を聞いた者は複数いた。
 血痕が発見されたのは小火騒ぎが起きてから一週間後の月曜の朝、早朝練習で早めに出てきたバレー部員が見つけた。
「最初泥か何かの汚れだと思いました。でもよく見ると赤黒くて、血だと分かったの。ぞっとして慌てて先生を呼びに行きました」
 発見したバレー部員はその時のことを思い出して悪寒が走ったのか腕をさすっていた。
 報告を受けた学校側は悪戯だと思い、警察には届けず血は先生と用務員で落としたそうだ。
 だが血痕はその日だけでは終わらなかった。その翌日も血の痕が発見された。今度はテニス部の隣の扉だった。そのまた翌日は陸上部の扉と三日間続いた。
 気味が悪く警察に相談するべきか会議が開かれたが、まずは宿直の先生が夜中に見回って様子をみることにした。それからはピタリと止んだらしい。
 血痕騒ぎの翌週は泣声を聞いたという生徒が現れた。
 部活を終えた頃、帰り仕度をしている時に女性の泣く声が聞こえたらしい。最初に聞いたのは大会前で遅くまで練習していたバスケット部の生徒達だった。
「血の痕の事件の後でしょ?気になって外を出たの。そして声がする方を見に行ったら、他の部室の電気は消えてて誰もいなかった。探してるうちに消えちゃった」
 なのでただの聞き間違いだと思ったらしい。だが翌日も聞こえたそうだ。その時はバレー部の生徒も一緒に聞いたそうだ。
「皆で探したらテニス部の方から聞こえたのが分かったけど鍵がかかって入れませんでした。それで宿直の先生に頼んで鍵を開けて入ったら・・・誰もいなかったの!」
 彼女達は悲鳴を上げながら慌てて室内を出たらしい。
翌日その話が広がり、部室棟に幽霊が出ると噂が広まったそうだ。
噂が広まるにつれ、別の目撃証言が出て更に広がった。誰それが白い影を見たとか、私も何か変な声を聞いたとか・・・どこまで本当に見たか分からない噂がまことしやかに流れた。
そんな中、誰かがあれは死んだ女性徒だと言い出した。
夜中に泣く声は亡くなった女生徒で、夜な夜な彷徨い部室棟に現れる。壁についた血痕は手首を切った彼女の血だとまことしやかに囁かれた。
これで更に噂が広まった。
実際に二年前に亡くなった女子生徒がいた為に噂に信憑性を持たせ、よくある怪談がリアリティを持ってしまった。面白がっていた生徒も本当に怖がるようになったらしい。今では怖がって誰も夕方まで残ろうとしない。部活があっても部室を使うことを拒否した生徒もいるそうだ。
 悪戯を警戒して見回っている先生も女性らしき泣声を聞いたそうだ。但し毎日ではない。たまに聞こえてその場所に行くが誰もいないらしい。次第に宿直を嫌がる先生も増えてしまったそうだ。

「・・・誰かの悪戯なのかなぁ」
 麻衣は昨日の聞き込みカードを整理しながら呟いた。
「だろうな。心霊現象の可能性は低い」
「だよねぇ。私も全然夢見ないもん」
 いつもなら初日から何かの夢を見る。けれど昨日はぐっすり普通に寝てしまった。
と言っても私は家に帰って寝たせいかもしれない。ナルとリンさんは宿直室に泊り込んだ。私も泊まるつもりだったけれど、その必要は無いと帰された。宿直室は一つだし心霊現象の可能性が低いからかもしれない。
(でもいつもなら雑用を言いつけるために泊らせるよね?)
 麻衣は不思議に思いながら昨日は帰宅した。楽が出来るのはいいが、納得できる理由がないと素直に喜べない。
 他にも気になることがある。
 ナルの態度だ。
ナルは嫌々引き受けた依頼でも一度引き受けた以上は責任を持って調査し解決にあたる。それがスカの可能性が高くても手を抜かない。だけど今回はどーも手を抜いてる気がしてしょうがない。
いつも通りに機材を設置しているけれど、その数が少ない。何時もなら二台設置するところが一台だけだったり、常に置く場所にサーモグラフィーを置かなかったり、他いろいろ。いかにもデータをとってる振りをしてるだけに見える。
リンさんに変じゃありません?と聞いたら「ナルの指示ですから」で誤魔化された。なーんか二人で隠し事してるんじゃないかと疑っている。
今回は見えない霊を狩るより、見える相手を狩る可能性が高いから、頭脳組は何か企んでいるのかもしれない。こういう場合は聞いても教えてもらえないので、肉体労働派は黙って従うしかない。・・・ちょっと寂しいのは内緒だ。

「悪戯だとしたら何が目的だろ?」
「さあ」
 何とも素っ気ないお返事だ。ナルはこの調査に入ってから機嫌が悪い。返事してくれるから底辺じゃないけど、妙にピリピリしている。早く解決して本来の仕事に戻りたいんだろうな。
「もし本当に霊が出没してたとして、保健室で亡くなったのなら校舎の方に出るのが普通だよね。校舎に出ないでわざわざ離れた場所に出るってことある?」
「皆無じゃない。例えば保健室で自殺しても学校全体に拘りがあって自殺を図ったとしたら学校全体が霊にとってのノックになり、出没範囲は校舎全体になるから部室棟のみに現れるとは考えにくい」
「なるほどー」
「それにこの部室棟は去年建てたものだ。二年前に亡くなった佐々木さんは知らない筈」
霊は現世のことがよく見えないという。知らなければ気付かず通り過ぎたりする。ここ限定で現れる可能性は少ない。
「限りなく心霊現象の可能性は少ないわけだ」
「ああ」
「じゃあ犯人探しがメインな訳?」
「その前にもう一晩様子を見るが、それでも反応がない場合はそうなるな」
「犯人現れるかな」
「僕らがこうして調査をしていればまともなヤツなら下手に動かない。炙りだすしかない。・・・昨日頼んだリストは?」
「鋭意努力中でっす!今日中に終わります」
「急げ」
「はーい」
 現在最初に佐々木さんの幽霊を見たという噂の出所を探ろうとしている。
 血痕に女性の鳴き声、そして幽霊の目撃譚。同一犯だと考えられる。なら噂を流した元に犯人か犯人に近い者がいる可能性が高い。それで女生徒全員に誰から幽霊の目撃譚を聞いたか聞き込み、最初に幽霊を見たと言い出した人を特定しようとしている。女生徒に限定したのは女子部室棟の噂しかないからだ。
 校長先生にお願いして昨日から一人一人順番に呼び出して話を聞かせてもらうよう手配している。
 これが案外大変。女性徒全員の名簿と睨めっこして誰から聞いたか名前を聞いている。昨日まで半分の生徒に聞き終えた。今日中に分かるだろう




2012.7.25
× 展示目次へ戻る ×