終わりと始まり01

 デジタル温度計を置いて腕時計で計測時間を確認する。
 勝手に温度計が測ってくれて終わったら知らせてくれるけど、稀に間違いが起きるのでチェックの為に確認する必要がある。・・・面倒でサボることも多いけれど。
「14.86度っと」
 今朝の外気温は16度ちょっと、十一月の東京近郊の気温としたら普通だろう。室内は影になっているから少し寒くなるので異常なしの範囲だろう。計測はこの部屋で最後だ。
 麻衣は計測機器を持って建物をでてベースに向かう。計測していた建物は平屋作りで5つの部屋が並んでいる。それが女性用と男性用で2棟並んで建っていた。高校の部室棟としては贅沢な部類に入るだろう。麻衣が計測してきたのは女性用、男性用だったら臭いに決まっているので正直助かった。
 ベースは部室棟から歩いて一分の校舎内にある。北風に吹かれ首をすくめた麻衣は足早に校舎に走った。
「只今戻りました~」
「どうだった」
 リンさんは機材の前にスタンバイしている。私は椅子に座りファイルをめくっていたナルに向かってクリップボードを差し出した。
「特に低いところはなかったよ」
「そう」
 ナルはクリップボードを一瞥し、溜息をついた。
 人がとってきたデータを如何にも気乗りしない態度で眺めるのは正直ムカつくが、ナルの態度もわからないでもない。昨日も反応が無かった。温度に変化もないし今日も期待出来そうに無い。そりゃため息もつきたくなるだろう。
 そもそもナルはこの調査に乗り気じゃなかった。
 でも引き受けたのは例の如くまどかさんのゴリ押しによるものだった。

 先週、国際電話が一本入った。
『私の先輩が高校の校長やってるんだけど、部室棟で妙なことが起きてるって相談受けたの。ナル助けてあげてくれない?』
 もちろんナルは抵抗したが
『ナルがこっち来てくれれば私が助けてあげられるんだけど・・・ナルこっちに来てくれる?』
とナルの帰国と天秤にかけられると弱い。一旦英国に戻ったら数週間は戻れない。社交界に引っ張り出されたり、お偉方と無駄にしか思えない会議に駆り出されたり、研究以外の用事で予定が埋まるのが常だ。結局ナルは渋々ながら引き受けた。

 その二日後、まどかさんの友人の朝倉亜紀さんが事務所に訪れた。
落ち着いたえんじ色のスーツに身を包み、明るい色の短い髪はパーマがかかっているようだ。茶色のフレーム眼鏡をかけ、とても物腰が丁寧だけど押しが強そうな雰囲気がある。四十代くらいだろうか?校長先生にしては随分若く見える。でもまどかさんも年齢不詳だから案外歳がいってるのかもしれない。
「依頼内容を伺います」
 朝倉さんは所長室から出てきたナルを見て一瞬目を見開いたけれど、まどかさんから聞いていたのかすぐ立ち直って落ち着いた声を出した。
「この度は無理言ってお引き受けくださりありがとうございます」
「いえ・・・」
 ナルは否定するつもりは無いらしい。曖昧な返事だ。
「部室棟で妙なことが起きているとまどかから伺いましたが、具体的にはどのような?」
「これは関係あるか分かりませんが、まず一ヶ月前に部室棟で小火がおきました。幸い煙に気付いた近所の住人が通報してくれて壁が焦げるだけで済みました」
「犯人は?」
「まだ見つかっていません。それ以降、部室で二年前に自殺した女生徒の霊が出ると噂が立つようになりました」
「本当に二年前に亡くなった生徒がいるのですか?」
「はい・・・痛ましい事件でした」
 保健室で休んでいた女生徒が外から侵入した暴漢に襲われ乱暴されたらしい。
 彼女の名は佐々木良子さん。その日は貧血を起こし保健室で休んでいて、保険医は会議に出るため外から施錠して彼女一人だったらしい。暴漢は窓の鍵を壊し中に侵入し彼女を乱暴した。それを苦に彼女は発作的にハサミで手首を掻き切り自殺を図ったと思われる。会議から戻った保険医が発見したが遅く、出血多量で助からなかった。救われないことに犯人はまだ見つかってないらしい。
「部室棟ではなく保健室で亡くなっているのですね?」
「はい」
 ナルは考え込む仕草を見せた。
「・・・彼女が亡くなってから二年、今まで何も起きませんでした。なので最初はただのよくある怪談だと思っていました。ですが部室棟で女生徒の泣き声が聞こえたり、血痕が発見されたり、彼女の姿を見たという生徒が現れました。中には怖がって不登校の生徒まで出てきました。学校側として何か手を打つ必要があると感じた時に、まどかに相談したらこちらを紹介されました。調べて頂けますでしょうか?」
「お話を伺ってる限りは心霊現象では無い可能性があります。数日間様子を見て現象が現れない場合は撤収させて頂きますが宜しいですか?」
「はい、それで結構です。原因が霊でないなら、お清めとしてお祓いをしてもらい騒ぎを納めたいと思います」
 これにはちょっと驚いた。最初から霊じゃない可能性が高いと自分から言ってるようなものだ。しかも霊の仕業じゃないなら生徒の心を落ち着かせるために形だけでいいからお祓いして欲しいと言う。堂々とプラシーボ効果を狙っている。 結構捌けた人らしい。
「・・・最初から心霊現象でないと思ってらっしゃるなら普通の調査事務所に依頼するべきでは?」
「それも考えました。・・・正直なところ、私は佐々木さんがそんなことをするとは思えません。ただもしまだあの場で苦しんでいると思うと普通の調査会社では役不足と思いまして・・。こちらはきちんとした霊能者もいて、かつ科学的に調査して頂けると伺いました。両方の面で判断して頂けるならぜひこちらでお願いしたいのです。どうかよろしくお願い致します」
 年配の女性に礼儀正しく深々と頭を下げられたら断りにくい。もとよりまどかさんの紹介じゃ断れない。
「・・・分かりました」
 ナルは渋々ながら引き受けた。

 こうして調査がはじまった。

2012.7.11
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