過去の人 04 |
「母が若い頃の写真はこれくらいしかないのだけれど・・・」 午後に先輩と一緒に娘に当るお母さんが写真を持ってきてくれた。モノクロの古びた家族写真で、旅館の前で家族全員が揃って映っているようだ。子供から大人まで全部で十人ほど映っていた。 「・・・この人がつやさんですか?」 昨夜の夢の中より少し歳をとっているけれど、引き締めた口元と厳しそうな瞳が一緒だった。 「そうよ!良く分かったわね」 「女将さんとよく似てますから」 正直に夢で見たとは言いにくく曖昧に笑って誤魔化した。 写真のつやさんの横には小さな女の子。これは子供の頃のお母さんらしい。その横にいるはずのお祖父さんが見当たらない。 「あの、お祖父さんはどなたですか?」 聞くとお母さんは寂しそうに微笑んだ。 「この頃には父はもういませんでしたの。私が母のお腹にいた頃に事故で亡くなったと聞いてます」 「そうですか・・・」 「母はこの旅館の後取り娘でしたから再婚をすすめられたのだけれど元として断って、以来ずっと女手一つで私を育てながらこの旅館を守ってくれたの。どれだけ大変だったか・・・」 夫婦として暮らした時間が短いからこそ、出会った頃の思い出を大事にしていたのかもしれない。 「そうそう、母の遺品に櫛が無いか尋ねてらしたわよね?」 先輩のお母さんは着物の胸元から四角い着物地のケースを取りだした。 「多分これのことじゃないかしら。父から唯一贈られた品だと母が話してました」 ケースの中から取り出されたのは手の平サイズの櫛だった。 大きさといい、形といい、夢で見た品と似通っているけれど色が違う。夢のは明るい木目の茶色だったけれど、これは光沢のある濃い茶色の飴色だった。しかもツヤツヤしていてそんな古い品に見えない。 「綺麗なんですけどこれとは違うと思います。もっと古い品だったはずなので・・・」 そう言うとお母さんは困ったように頬に手をあてて首を傾げた。 「でもこれ以外ない心当たりはありませんの。母が五十年以上使い続けた櫛はこれだけだから…」 「えッ!これが五十年も経った品なんですか!?」 「ああ、若い子は知らないですよね。これはつげ櫛といってキチンと油で手入れをすれば一生使える櫛なんです」 「一生、ですか?」 「ええ。つげ櫛は国産つげを半年以上乾燥させて燻してまた半年以上寝かせた木をつかいます。歯を梳いて彫りを入れて磨いて椿油を染み込ませる。とても手間がかかるので、最近は海外の安いものもあるけど、本来のつげ櫛はとても高価な品です。国産のつげは静電気をおこさないし、髪の毛の通りも良く地肌への当たりも柔らかくて使い込む程に艶がでる。これは鹿児島特産の薩摩つげだから最初は黄色がかった木目だけれど、手入れをして使い込んでいくとこのように綺麗な飴色になります。一生使えるから父は母に一生付き合って欲しいという願いを込めて渡したと聞いてます」 「そうなんですか…」 艶々と飴色に光る櫛からは良い物の威厳は漂えど古さを感じさせない。使い込んで年輪を重ねた美しさがあった。 「お借りしてもよろしいですか?」 大事な品だけれど快く頷いてくれた。 ベースに戻り預かった櫛を見せて説明した。 「ほぉ~こりゃイイ色になってんな。あと五十年使ったら付喪神になりそうだ」 「よく手入れされて使ってたのが伝わりますね…」 二人は飴色の櫛を感心したように眺めた。 「夢で見たときはもっと明るい茶色だったんだよ?それがこうなるなんてつげ櫛って凄いんだね」 「つげ櫛の『柘植』は『黄楊』とも書くしな。手の平サイズで彫りがついてれば一個一万円以上する。これは彫りが細かいからもっとしたかもな」 「はぁ…櫛とは思えない値段だね。でも一生物なら高くはないかも…」 良い物を長く大事に使うというのはちょっと憧れだ。貧乏人には縁のない話だけれど。 「欲しいのか?」 「ちょっとだけ。一生使えて娘に渡せるなんて素敵だもん」 「櫛は古代より神のつきたもう神聖なものであり、櫛には悪魔災厄を呪圧する力があると言われてる。ナルちゃんに護符代わりに買ってもらえば?」 「買ってくれるはずないじゃん。それよりぼーさんの護符のが効きそうだけど?」 ぼーさんが笑って「可愛いこと言うな~」と頭ぐりぐりしてきた。もー止めてよ!静電気立っちゃったじゃない! 「谷山さんはこの櫛から何か感じますか?」 「いえ、そういうのはないです」 「でも気になるんだよな?」 「うん」 「古事記にイザナギ命は妻のイザナミ命が差し向けた追っ手から逃れるために、櫛の歯を後ろに投げ捨てたところ、筍に変わって難を逃れたという伝説から古来より櫛は別れを招く呪力を持っているとされてます。また魂の宿る頭に飾るものであることから、自らの分身として旅立つ人に手渡したりしたそうです。これほど丁寧に使い込んだ品なら持ち主の魂が宿っててもおかしくありません」 「櫛にそんな意味があるなんて知らなかった…」 そんなに深い意味を持つ櫛、そしてつやさんが五十年以上使い続けた品。こんなに都合が良い物は無い。 「今夜この櫛を使ってつやさんとコンタクトをとってみます」 ナルのようなサイコトメリは出来ないけれど、トランスに入るときに持っていればつやさんのところへ私を導いてくれるだろう。 |
2012.4.25 |
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