過去の人 03

「そろそろ時間ですね」
「はい」
 時計の数字は影が見えたと言う時間、午後十一時をさしていた。三人でモニター画面を注意深く観察する。
 初日の今日は天井の照明をつけず暗視カメラで室内を観察していた。
 先輩の話では影が映る時には必ず家族が近くにいたそうだ。唯一の家族じゃない従業員が見たときも中に家族がいたらしい。一般従業員が入れない自室スペースだから当然かもしれないが、家族限定で現れる現象の可能性もある。また、人為的な可能性も捨てきれない。
 なので、初日はリンさんは電気を点けない状態で観察することにした。室内と障子が見える廊下に暗視カメラを設置した。もちろんサーモグラフィーも。
 お祖母さんが執務室にしていた部屋は六畳程度の和室だった。床の間に掛け軸が飾ってあり、綺麗な飴色の茶箪笥と鏡台、あと文机が置かれている。その上にはアンティーク調の白い花を象ったガラスのランプが乗っている。箪笥の中の遺品はほとんど整理してしまったけれど、室内の様子はそのまま残してあるそうだ。
 暫く画面には何の変化も現れなかった。十五分ほど経った時、異変が起きた。
「温度が下がり始めました」
 グリーンが多かったサーモグラフィーの画面に段々と青色が混じりはじめた。そこから温度が下がりはじめたのだ。
「暗視カメラは異常なし」
 モニターに映る室内の様子に変化は無い。注意深く見てみても何かが動いた、もしくは現れた様子は無い。目視できなくてもカメラが感知するはずだけれどそれもなかった。
「文机の辺りから温度が下がってますね」
 サーモグラフィーと暗視カメラの画像を重ねると、青い人が文机の前に座っているように見える。
「現在摂氏15度…、これはいるね」
 元の室内温度は21度、全館床暖房なので人がいない部屋も極端に寒くなることはない。それなのに急に6度も下がった。周囲には人影もなく、隙間風も吹いていないのは確認済みだ。揮発性で温度を下げるような置物もない。人為的でも、自然発生的なものでもなく、それ以外の何かがあの部屋で起きているようだ。
「あ、ランプが点いた!」
 パチンッと小さな音をたててランプのスイッチが入った。入切だけのシンプルなスイッチ。もちろんタイマー式ではない。
 ランプの明かりが室内を照らし、やわらかな陰影を落とす。
 そして障子には箪笥と、いないはずの人影が映っていた。
「小柄だな…」
「つやさんは身長150cmちょっとしか無かったって」
「斜めだからよくわからんがそれくらい、か?」
 影はゆらゆらと揺れている。まるで書き物をしているかのように。
 ランプがあり、揺れる人影、なのに肝心な人がいない…。不思議な光景だった。
 もちろん廊下側から観察しているが、影が映るような人は立っていない。
 三人はじっと観察していると、三十分ほどでランプが消えた。まるで書き物を終えて寝る準備をするかのように、パチンと明かりが落とされ、影は消えた。
「…いつも十二時前には寝ていたって」
 時計は十二時少し前をさしていた。


 * * *


 昨夜はリンさんと宵っ張りのぼーさんに任せて麻衣は早めに休ませてもらった。

 そして夢を見た。

 大きな長い公園で歩く男女の夢。
 綺麗な黒髪をキッチリと結い上げてピンと背筋が伸びた着物姿の女性と、眼鏡をかけて少し猫背でどこか人の良さそうな学生服姿の男性、二人が歩いていた。男の人はよく頭をかいてぺこぺこしている。女の人はツンと澄ましてあしらってる。でも二人の笑顔が交わる瞬間があって、何かいい雰囲気だ。
 二人がベンチに座った。
 男の人が白い学生カバンから何かを取り出して女性に渡した。紙に包まれた手の平サイズの小さな何か。女の人は頬を赤く染め、でも平静を装った風情で受け取り包み紙を開けた。
 中身を見た彼女は花が零れるような笑顔を見せた。
(何が入ってるんだろ?)
 いつの間にか麻衣は二人の様子を反対側のベンチから眺めていた。ジーンがいるかなと思って周りを見回したけれど、やはりいない。ナルと遠く離れて調査に行った場合はジーンは現れない。過去に何度かナルが本国に帰ってるときに調査に行って確認済みだ。それは東京と北海道の距離でも同じようだ。
 麻衣は小さな失望をため息で吐き出し、彼女達を見つめた。ここには聞いたら教えてくれる人はいない。自分で観察して情報を持ち帰らなければならない。
 彼女は包み紙の中から茶色い何かを取り出した。そしてすごく嬉しそうに男の人に礼を言っていた。大事そうに両手に包んでその何かを撫でている。
 何かが見たくて近寄ると、いきなり画面が切り替わった。
 先ほどの女性が浴衣姿で鏡台の前に座っていた。
(この鏡台見たこと有る…)
 つやさんの自室に置かれていた鏡台と同じものだった。
 彼女は後ろでゆるくまとめていた髪を解いた。美しい黒髪が艶やかに流れ落ちる。そして鏡台の引き出しに入れていた何かを取り出す。
(櫛だ)
 嬉しそうに手に取る姿はこれが先ほどのプレゼントだと知れる。よく見ると手の平サイズの明るい木目に何かの彫り物がされていた。彼女はその木目を愛しそうに撫でてから、髪を梳き始めた。美しい黒髪が更に光沢を増す。笑顔の彼女と共に…。

 そこで目が覚めた。
 暖かな布団の中で忘れない内に記憶をなぞる。あの感触は間違いなく例の夢だろう。
「あれはつやさんの若い頃かな…」
 若い頃の荒関つやさんかもしれない。亡くなる少し前の写真しか拝見していないので確認しないとわからないけれど、多分間違いないと思う。
 あと気になるのが櫛だ。
 お祖父さんか誰か大切な人にもらったものなのだろう。お祖父さんじゃなければ初恋の人とかかもしれない。
 私が見る夢で印象に残ったものは大体重要なキーになる。お祖母さんとお祖父さんの若い頃の写真と、手の平サイズの櫛が遺品にないか聞いてみた方が良さそうだ。
 麻衣はそう決めて、暖かな布団との未練を断ち切り体を起こした。

 交代時間までは間があるので昨夜入らなかったお風呂に入る。天然温泉で朝からいつでもお風呂に入れるなんてさすが温泉旅館。嬉しすぎる。
「朝から温泉なんて贅沢すぎる…」
 ほっこりと温まった体でベースに向かうと、途中庭で雪掻きに励んでいる大輔先輩が見えた。あちらも気付いたらしく、手を休めてこっちへ歩いてくる。
「おはよう」
「おはようございます。雪掻き大変ですね」
「機械でやれないところはこうして人力でやるしかないから。しかも最近の雪は湿ってて重いから腰を痛めやすいから大変」
「そうなんですか?」
「慣れてるけど油断するとギクッとやりかねない」
「あはは、年寄りじゃないんだから」
「ぎっくり腰は年齢関係ないんだぞ。…昨日はどうだった?」
「反応出ました。あれは人為的なものでは考えにくいですね」
「そっか・・・祖母だと思う?」
「さぁ…そこまではまだ。これからです」
「続きよろしくな」
「はい頑張ります」
 先輩とこうして二人で話すのは久しぶりだ。事務所に来てくれた時も仕事の合間にだったのでトンボ帰りだったから個人的に話す時間は無かった。そう思うと何だかそわそわしてしまう。
「…なぁ、麻衣」
「はい?」
「彼氏出来ただろ」
「!!!!!!!!」
「ビンゴ」
 真っ赤になった私の顔を見て先輩は男らしく二カッと笑った。
「何でッ?」
「事務所で会った時に指輪してたから。麻衣はアクセサリー類は滅多に買わないだろ?特に宝石付きなんて倹約家の麻衣には珍しい。だから彼氏に貰ったんだろうなと思ってカマかけてみた。そうなんだろ?」
 笑いながら言う先輩にコクンと頷いた。よく気の付く人だと思ってたけどそれは今も変わりがないようだ。
「正確にはお試しで付き合ってる人だから、恋人ってわけじゃないんだけど・・・」
「そうなんだ?」
「・・・・・・・・・」
 からかうように目を細められると、一応振った立場な私は居心地が悪い。しかもナルとは相思相愛じゃない。本当のことなんかとてもじゃないが言えないので余計に。
「そ、それじゃベースに戻りますから!」
 逃げるように走りさった。
 ベースに戻り、朝食を取りながら夢のことを説明した。
「そりゃ大通公園じゃね?デートコースの定番だよ。祖母ちゃん若き日の思い出だろうな」
「多分ね。キリッとした美人さんだったよ」
「他に気になることは?」
「櫛が気になるんだよね。とても大事そうにしてたから。あとでお祖母ちゃんの過去の写真ないか聞いてみる。あと櫛も」
「お願いします」
 今夜の調査方針を話し合い、二人は仮眠を取りにいった。



2012.4.25
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