過去の人 02 |
先輩が来た翌々日、私達は北海道へ向かう飛行機に乗っていた。 いつもは機材を積んだ車で行くけどさすがに北海道は遠すぎる。幾つかは手荷物で運び、あとの機材は宅急便を利用した。今回は大人しい現象なので少な目の機材で済むのが助かる。 「・・・でもなーんでぼーさんがいるのかな」 私とリンさんの間に陣取るぼーさんへチロリンと視線をやる。 「今回はぼーさんに連絡した覚えがないんだけど」 リンさんと相談して、お祖母さんへ私がコンタクト取って浄化へ促そうという調査方針が決定している。ソレで済まない場合は誰かに応援を頼む予定だけど、その時は真砂子かジョンか綾子の予定だった。先輩のお祖母さんをぼーさんに吹き飛ばしてもらう訳にはいかないからだ。 「あれから滝川さんから自主参加の電話が来まして…」 「面白そうな話を少年から聞いてな。マイルも溜まってたし、この時期の北海道は美味いもの多いからなぁ~」 「ホントにそれだけ?」」 私が大輔先輩と付き合い始めたときは非常に煩かった。今回大輔先輩の実家に行くから気になって付いてきたと疑わしい。 「…まぁそれだけじゃないが、マイルが溜ってたのもホントだぞ?」 「定職についてないのにカードなんか持てるの?」 「リンさんッ娘が冷たいんだけどッ!」 「成長した娘が父をうっとうしがるのは世の常です」 「まだ加齢臭は出てないぞ!」 今回、安原さんがバックアップ係でお留守番なので、本当はリンさんと私の二人で行く予定だった。いつもより二人も少ないので、正直ぼーさんが来てくれるのは有り難い。だって機材は重いのだ。 「ナルちゃん放っておいて平気なのか?」 「もう切羽詰まって無さそうだから平気。ちゃーんとポカリとカロリーメートをどっさり置いてきたから」 「ふーん。・・・今回の依頼人が麻衣の元カレだって知ってんのか?」 「言う訳ないでしょ。言っても気にしないと思うけど?」 「そうかねぇ」 ぼーさんは意味ありげにこっちを見ている。 ナルには調査で数日いないことは伝えた。「分かった」と頷いたけど上の空だったのでどこまでナルの頭に入ってるか怪しいけど。そんなナルだから元カレだと話しても聞いてくれるとは思えない。 「ま、帰ってから楽しみだな」 ぼーさんはニヤニヤと親父笑いをした。 (世の父親とはこんなに野次馬根性丸出しなのかなぁ?) 麻衣は呆れて窓を眺める。窓の向こうは白い大地が広がっていた。 * * * 11月の北海道は半端無く寒かった。 東京はそろそろ冬に差し掛かるという寒さだったのにこっちは完全に真冬で真っ白。持ってる中で一番暖かい防寒着が役に立たない。「屋外の調査だったらマジ勘弁…」とぼーさんが呟くのに深く頷いた。リンさんは送った荷物が凍結してないか心配をしていた。ぼーさんと二人で寒い寒い!と叫びながらお迎えの車に乗り込んだ。到着したら予想以上に大きい旅館に驚き、室内に入るとその暖かさに驚いた。全室床暖房に温泉を流しているらしい。部屋に通されてお茶を出されてホッと息をつく。 「お疲れでしょう。暫く休んでて下さい」 先輩のお母さん、今の女将さんが言いながら、お茶と一緒に温泉饅頭を出してくれた。正直その言葉に頷いてしまいたいがそうもいかない。初日はやることがたくさんある。 「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。早速ですがご家族からお話を伺えるよう手配してもらえますか?」 休む間もなく調査を開始した。 私がご家族から話を聞いている間、リンさんは機材のチェックをして、ぼーさんは腕力を活かしてベースの設営に励んでもらった。聞き終えてベースに戻る頃にはきっちり組みあがってるのが偉い。 「それぞれに話を聞いたけど、誰も影以外は見たことないって」 「そうですか…」 あの影を見た先輩のご両親も先輩も従業員の人も、影以外に何かを見たり感じたりしたことはないらしい。 「では当初の予定通りに機材を設置しましょう」 「はい」 リンさんがさらさらとホワイトボードにセッティングレイアウトを書いていく。それを元に機材を設置し、調整して、基礎調査をしたらあっという間に夜だった。 「…話には聞いていたけど、ホントに機械だらけだな」 とは夕ご飯を運んでくれた先輩の感想だった。 「ちょっとした秘密基地みたいでしょ?」 「確かに」 笑った顔が懐かしい。先輩は最初は余所行きの顔をしていたけれど、私と話す時は普段の口調に戻っている。何だか嬉しい。先輩が夕飯のお膳を整えてくれるのを手伝いながら機材の説明をする。先輩に仕事の話をする日が来るとは思わなかった。なんか不思議だ。 「こっちのお椀が精進料理だから」 「手間をとらせてすいません…」 「気にしないでいいよ、そういうお客さん結構いるから慣れてる。こっちが普通ので、今日のメインはカニです」 先輩がパッと覆いを外すとトゲトゲがたくさんついた真っ赤なカニが出てきた。蒸してるのとお刺身と両方ついてる。 「うわ~~すっごい!カニだぁ!」 「おっ花咲カニじゃん」 「今が旬だから美味いですよ。麻衣はカニ好きだったよな?」 「大好き!」 花咲カニと言ったら私でも知ってる高級食材だ。昔一度だけ食べたことがあってすっごく美味しかった覚えがある。 「どういたしまして。じゃ、何かあったら呼んで。何時でも遠慮しなくていいから」 「ありがとうございます」 先輩を見送りお膳に向き合う。カニ以外にも海の幸がふんだんにある。さすが北海道の老舗旅館だ。調査でこんな豪勢な食事が出るのは能登のお家以来かもしれない。 「リンさんもう食べれる?ご飯よそってもいい?」 まだ機材のチェックをしているリンさんに声をかける。 「お願いします」 「ぼーさんもよそっちゃうねー」 言ってぼーさんを見ると腕を組んで口をへの字に結んでいた。眉間には皺までよっている。 「ぼーさん?」 「『麻衣』ねぇ~」 「は?」 「いんや、青年がすっごく自然に呼んでておとーさんちょっとジェラシー」 「はぁ?皆だって呼んでるじゃん」 「皆と元彼の青年とは全然ニュアンスが違うのよ」 「そう?気のせいだよ。早く食べよ!」 面倒なことを言い出だしたチチオヤのお茶碗を乱暴に置いて自分の席に座る。箸をとって透明なカニのお刺身を一切れ口に運んだ。 (とろける…) 口に含んだ途端、甘さが口の中に広がった。しゃべると甘さが逃げちゃいそうでもったいない。そんな初めての美味しさだった。飲み込んで初めて口を開いた。 「お刺身初めて食べた。こんな美味しいんだー…」 「一杯飲みてーなぁ」 「駄目だよ」 「わかってるって」 その後は黙々とカニを食べた。煩い父親も黙らせる花咲カニの威力恐るべし。生ものを食べられないリンさんには悪いけど、二人して北海道の海の幸を十二分に楽しんだ。 仕事で来てるのにこんなに北海道を満喫してていーんでしょうか?(笑) |
2012.4.25 |
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