二人のはじまり 06 |
9月19日、本日はSPR日本支部の所長ことオリヴァー・デイヴィス博士のお誕生日である。 日頃扱き使われ・・・もといお世話になってる面々は、彼を構える絶好の機会にここぞとばかりと誕生日ティーパーティーを催した。静寂を好む博士からすれば迷惑この上ないが毎年大人しく出席している。過去にすっぽかして数日間非常に居心地の悪い思い(事務員の泣き顔に不味い紅茶に口煩い連中の小言)を味わって以来、博士は甘んじて出席するようになった。 このようにナルの誕生日会は彼の誕生を祝うというより、彼と周囲の人間とのレクリエーション的意味合いが強かった。 だが今年はいつもと少し様子が違っていた。 「・・・今日はお止めになったほうが良いと思います」 訪れたいつもの面々にリンが苦渋の表情で伝えた。 「えー何でよ!」 「何かございましたの?」 当然の疑問に安原が声を潜めて答えた。 「所長の機嫌が最悪です。しかも近年稀に見るくらい・・・」 あの安原が茶化すことなく重々しく答えた。それだけで危険度合いが分かる。皆は顔を見合わせた。 「どんな感じ?」 「そんなに機嫌わりーの?」 ご本人は所長室に閉じこもっているのでリンと安原に様子を聞いてみる。 「ナルが近寄った機器にエラーがでます」 「は?」 「不機嫌な余りナルの周囲に磁場が出来てると思われます。PK保持者が能力を使う時に出来る場のようなものでしょう」 「・・・怒り心頭でPKだだ漏れってか?」 「ポルターガイストは余剰エネルギーでおこります。それに近いかと・・・」 「所長の傍を通るとピリピリするんですよ。静電気発してるみたいで・・・」 「「「・・・・・・・・・・・・」」」」 (触らぬ神に祟りなし) 先人の知恵が皆の脳裏に浮かんだそうな。 「そんだけ怒るってどうよ。何かあったのか?」 「さあ・・・私には。今朝からああでしたし・・・」 滝川の質問にリンは僅かに首を振った。本当に知らないらしい。となると他に知ってそうな人物に聞くしかない。 「麻衣、何か知らない?」 問うと麻衣は幾分青い顔で首を振った。 「・・・分かんない」 「全く?」 「今朝起きたらあんな感じだったもん・・・」 麻衣は軽い頭痛と共に今朝の出来事を思い出した。 * * * 「頭いたい・・・」 明るい日差しに起こされて目を開けると、そこはリビングだった。 身を起こすと覚えのある頭痛、二日酔いだ。 (ええっと・・・?) 何でここで寝ているのか、昨日何時の間に帰宅したのか、恐ろしいことに全く記憶が無かった。 居酒屋で些か飲み過ぎて酔っ払ってしまった記憶はある。そんで由美子達に絡んで・・・ (そうだ!ナルが迎えに来てくれたんだ!) 孫悟空の輪のごとく掴まれた額の痛さを思い出す。白い指が額にめり込んだ記憶がしっかりとある。そのまま連行されてタクシーに放り込まれた。 だがその後の記憶がない。 ここに寝ているということは多分ナルが運んでくれたんだろう。それから今までの記憶がスコーン!と飛んでいた。あのままずっと寝ていたら良いけれど、相当酔っ払っていたのだから吐いたり・絡んだり・etc・・・ナルに介抱してもらった可能性も無くは無い。 (うわぁ・・・頭いた・・・・・・) 信じられない失態に顔が青ざめた。 「起きたか」 今一番聞きたくない声に飛び上がった。恐る恐る振り返ると黒衣の美青年がそこいた。眉間に皺がよった不機嫌顔。いつもなら笑って流せるけど今日ばかりは恐ろしい・・・。 「お、おはよう・・・」 「・・・おはよう」 「き、昨日はお世話になっちゃったみたいで・・・」 「ああ・・・」 「迎えに来てくれたよね?そんでタクシーで寝ちゃったのをここまで運んでくれたんでしょ?重かったよね、ごめんね」 「・・・・・・」 「毛布もかけてくれてありがとね。あと・・・あと・・・」 昨日何かしちゃったかなぁと聞きたいけど聞くのが怖い。 「麻衣」 「は、はいッ」 「・・・昨日の記憶はどこまである」 「へ?」 「タクシーに乗ったまでは覚えているんだな?」 「うん」 「部屋に上がった覚えは?」 「・・・ない、です」 「その後は?」 「えっと・・・覚えてない、です・・・」 「・・・・・・・・・」 沈黙が怖い。 ナルの機嫌が急降下していくのが分かる。寒くないはずなのに寒いんだ。霊が現れた時のように鳥肌が立つ。ナルに触ったら静電気で弾き飛ばされそうな気がする。 「あの・・・ナル?」 恐る恐る問うともの凄い眼光で睨まれた。 (ひぃぃぃ~怖いッ怖いよ博士様!!!!) 蛇に睨まれたカエルの如く冷や汗だらだら零して言葉を待つ。自分が原因ならその後の叱責に耐えなければならない。今回は弁解の余地無しだ。大人しく怒鳴られるしかない。 「・・・先に行く」 びびる麻衣を余所にナルは部屋を出て行った・・・。 * * * 「それからずっとあの調子なの・・・」 麻衣は項垂れながらボソボソと答えた。 「やっぱりそうなったか!昨日ナルに迎えを頼んで良かったわ」 「綾子が頼んだの?」 「そうよ。感謝しなさい」 「助かったけどさ・・・綾子が迎えに来てくれてたらこんな怖い思いしなくてすんだのにぃぃぃ」 「甘えるんじゃないッ」 べそべそと泣きついてくる麻衣をベリッと引き剥がした。 「記憶無くすほど飲むなんて女の子がやるんじゃないのッ!気をつけなさい」 「あい・・・」 ハハオヤに叱られたら今度はチチオヤだ。 「麻衣や、ちょーーっとここに座りなさい」 「はい・・・」 滝川が顔をひくひくさせながら自分の横に座るよう指示した。 「酒は飲んでも飲まれるなって教えたよな?」 「うん・・・普段はちゃんと気を付けてるよ?でもさ、ちょっとペース間違っちゃって・・・」 「気を付けてても飲み方間違えて失敗しちまったら仕方ない。だがお前さんは綾子と違うんだから余計に気をつけなさいね」 「はぁい・・・」 背後で「どういう意味かしら?」と綾子が爪を光らせたが滝川は続けた。 「・・・ところで今朝起きた時に足の関節が痛かったとか、どっかひりひりするとかなかったか?」 「は?無かったけど・・・」 「ちゃんと服は着てたよな?」 「着てたよ!何の心配してるのさ!!」 「酔った勢いで~・・・とかあるかもしれんだろうが」 「バカ!サイテー!」 麻衣は真っ赤になって否定する。今朝起きた時はちゃんと服は着てたし変な痛みも痕も無かった。それ以前にナルがそんなことするとは思えない。 「馬鹿ねぇ、いくら麻衣でもしちゃってたら気づくわよ。子供じゃないんだし」 「綾子・・・どういう意味だ」 引っかかる単語に滝川が反応した。 だが次の真砂子のセリフに問い質すことができなかった。 「逆に麻衣が襲ったのかもしれませんわよ?」 「え?」 「麻衣は酔うと甘える癖がありますの。あれも一種の絡み酒ですわ。ナルに絡んで逆鱗に触れたのかもしれませんわ」 「・・・・・・・・・有り得るわね」 「所長が襲うより真実味が高いですね」 「アンタキス魔になったことあったしね。ナルの唇奪っちゃったとか」 「そんなことしないよッ!」 麻衣は真っ赤になって否定する。背後では「ちょッそんな話聞いたことないぞ!」と滝川が騒いでいたが焦る麻衣は聞いちゃいない。 「どうだかねぇ、あんた覚えてないんでしょ?」 「ううう・・・でもでもそんなことしないよ!そんなことしたら絶対覚えてるもん!!」 いくら否定しても記憶が無い以上信憑性は皆無だ。綾子は面白がってからかおうとしたら・・・ 「煩いッ!」 バンッ!と天の岩戸ならぬ所長室の扉が開いて御大の叱責が響き渡った。 青光りしそうな目で面々を睥睨するとにっこりと底冷えのする笑顔を浮かべた。 「リン、ここはいつから動物園になった。そうそうにお引き取り願え」 動物相手に会話する気は無い、と言外に言いはなつ。 空気をビリビリと震わせる不機嫌声だった。その際に麻衣をチラリと一瞥したが何も言わずに扉を閉じる。いつもなら騒いだ麻衣に対して嫌味の一言二言三言はあるのにソレが無い。 「・・・何で何も言わないの?」 麻衣は涙目でイレギュラーズを見ると 「私帰るわ」 「わたくしも・・・」 「僕も出直させてもらいますです」 「そこのプレゼントは麻衣がナルちゃんに渡しといてね」 「麻衣頑張れ、な?」 とばっちりを食らう事を恐れたイレギュラーズは蜘蛛の子を散らすように帰って行った。 「みんなぁ・・・」 「僕も入力終わりましたので失礼しますね」 「安原さんもッ」 「私も用事を思いだしたので失礼します」 「リンさんまでッ」 騒いでる中も作業を続けて卒なく終えた安原はさっさと帰り支度をし、今日は仕事にならないと判断したリンは部品の買い出しにいくとこにした。二人とも連れだって事務所を後にする。 事務所に残るはナルへのプレゼントとティーパーティ用のお菓子達。 味方は誰もいなかった・・・。 * * * 超局地的低気圧を発生させている張本人は一人静かに読書に励んでいた。 最初は執筆作業をしていたが昨夜のことが頭の片隅に残り思考の邪魔をする。なら単純作業をした方が良いと判断し、情報を脳に詰め込むだけで良い読書に切り替えた。速読で情報を脳に流し込み定着させる作業は慣れたものだ。そこに思考は必要ない。ただただインプットすればいい。これに集中すること数時間、途中騒音に遮られることもあったが効率的に時間を費やすことが出来た。 ナルは最後の未読本を読み終え机に置いて軽く目を閉じた。そして本日詰め込んだ情報を統合し咀嚼する。新情報も興味深い情報もあった。またその逆も。脳内は情報に溢れ軽い興奮状態にある。これを沈めて吟味し自らの研究に反映させるためには情報を整理することが必要だ。そのために目を閉じ、注目し早急に検証を重ねるべきものと、緊急性は無いがいつか検証すべきもの、資料として奥に納めて置くもの、脳内の様々な引き出しに納めて行く。その過程で閃くものがあればそれは重要なヒントだ。それを逃してはならない。執筆中も調査中もこの閃きを逃さないよう注意深く状況・情報・思考を観察するのが肝要だ。 脳内の情報の海に沈み閃きと言う名の宝を探しだす。ナルはいつでも苦もなく何時間でもこれが出来た。 だが今日はそれが上手く出来ない。 閃きのように浮かぶのは昨夜の麻衣ばかりだ。アルコールで頬を染め潤んだ瞳と舌ったらずな口調で甘えしなだれかかる麻衣。腕の下で涙目を浮かぶ麻衣。その柔らかな肢体。 これらの画像が思考を邪魔し、今日は全く執筆作業が進まない。 (・・・・・・・・・) ナルは本日何回目かになる深い溜息を吐いた。 昨夜のことはナルにかつてない衝撃を与えた。 自分が泥酔して正体を無くした女性に対してあのような真似をしたとが信じられない。 最初のキスはジーンへの対抗心による衝動的な行為だった。あいつは度々麻衣に余計な入れ知恵をする。それに苛立ち麻衣にぶつけたようなものだ。我ながら幼い行動だったと認める。 だがその後はどうだ。あれは間違いなく自分自身から湧き出た衝動だった。 麻衣とのキスは初めてではない。以前に僕へ秋波を送る女性へ見せつけるために戯れにしたことがある。あの時は今回のような熱に浮かされたようなものではなく、麻衣ならいいだろうと軽い気持ちでした。軽く触れてすぐ離れた。 だが今回はそれだけでは済まなかった。 麻衣の唇を奪い、吐息を奪い、舌で探り味わった。生々しく舌を交わらせた。 あの湧きあがる衝動は覚えがある。かつて自分が味わった、もしくは味わされた過去の記憶の中に。 あれは『性欲』だ。 過去行方不明者を探し出すためにサイコトメリを行った。その中で性暴力の被害者の遺品にサイコトメリした。また情報を得るために現場に残された遺留品をサイコトメリした。この場合は被害者に限らず加害者のものだった場合もある。僕は被害者に限らず加害者に記憶も同調し感覚を共有した。 そのため異性や弱者を屈服させ蹂躙した情欲とその歪んだ悦び、された側の恐怖と絶望も、両方を無理矢理味あわされた。 あの醜悪さは言葉には出来ない。 黒く塗りつぶされた記憶として深く深く自分の底に沈んでいた。 だが昨夜のせいで鮮やかに掘り起こされた。 性に興味のない自分が現実にこの身であの醜悪さを追体験する日がくるとは思わなかった。 昨夜自分は無意識に麻衣を屈服し、その身を蹂躙しようとした。未遂で済んだとはいえ、自分があのような暴挙を犯したことへの深い嫌悪感に吐きそうだ。昨日は一睡も出来なかった。寝室では麻衣のベッドが目に入り寝つけず書斎で一夜を明かした。 過去の犯罪者と自分を重ねるのは愚かなことだ。頭では分かっているが脳裏にこびりついた嫌悪感は拭えない。 では過去の犯罪者と自分はどう違う? 麻衣の意識の無いまま了解を得ずに触れた、麻衣が嫌がらなければそのまま事に及んでいたかもしれない。 かといって薄汚い欲のままに麻衣を蹂躙したかった訳ではない。あれは衝動的な行動だった。 では何故自分は麻衣に触れたがった? それが分からない。 今思えば、酔った麻衣の行動は男性の情欲を刺激するようなものだった。それに煽られただけと言えなくもない。男の生理現象と言えばそれまでだ。だが今まであんな衝動に駆られた事は無い。もっとあからさまに性的アピールを受けても何の影響も受けなかった。 (相手が麻衣だから) それしかないだろう。麻衣が特別なのは今更否定出来ない。だがその特別があのような衝動を引き起こすとは想定外だ。 ナルは研究者として事実は有りのままに受け入れる姿勢を貫いている。 だが今回ばかりは過去の記憶故に容易に受け入れ難かった。 * * * コンコン、幾分控えめなノック音が響いた。いつもなら返事をしなくても勝手に入ってくるのに、今日は入ってこようとしない。仕方なく「どうぞ」と声をかけた。 「お茶の時間なんだけど・・・」 麻衣がティーカップを乗せた盆を両手に持ち顔を出した。頷くと入室し、いつもの場所にティーカップを置いた。ダージリンの香りが広がる。 カップを置いても立去ろうとしない麻衣は 「あのさ、これだけ聞かせて・・・?」 「何だ」 視線をやると真剣な面持ちの麻衣が意を決したように口を開いた。 「私、昨日ナルのこと襲ったりしちゃった?」 「・・・・・・は?」 (襲ったのは僕の方だ) とは口が裂けても言えず怪訝な顔で尋ねた。 「何故そうなる」 「他にナルが不機嫌な理由が思い浮かばないもん。昨日私が酔ってナルに迷惑をかけたから怒ってるんじゃないの?」 「お前が迷惑をかけたのは確かだ。だが襲われた覚えは無い」 ナルの答えに麻衣は安心したように小さな吐息を零した。だが疑いきれずに問いを重ねる。 「じゃあ何でそんな機嫌悪いの?昨日あたし何かしたんでしょ?」 「・・・したと言えばしたな」 「どんな?」 「お前は酒のせいで酷い情緒不安定になっていた。そして最近の僕への不満を盛大に吐き出して泣いただけ」 「えええええええええええええッ!!!」 「随分僕は信用がないようで?」 「ええっとですね・・・」 皮肉気に言ったナルに麻衣は焦って何を言ったか必死に記憶の底を探った。だが無い物は無い。 「別に可笑しなことは言ってない。同居してから随分経つが二人・・・というより僕に変化が無いことが不安だと、僕が何を考えてるか分からないと言っていた。抱いて当然の不安ではあるな。あれは酔った勢いだけのものか?」 「昨日のことは覚えてないけど・・・そういう不安を抱えてるのは確かだよ・・・」 深い目に見つめられ、麻衣は気まずい思いを抱えながらも答えた。それに怒るでもなくナルは一つ頷いた。 「昨日も言ったが、麻衣が言った条件を忘れた訳じゃない。僕なりに考えている。・・・だから安心しろ」 安心しろと言われてもそれ以上のことは何も言ってくれない。 こういう風に考えてるとか、こうするつもりだとか、何か言うべき言葉があると思う。 でも不確かな言葉を言わない分、言った以上はちゃんと考えているのだと信じられる。そんな信頼感がある。 「分かった!」 麻衣は破顔した。 その柔らかな笑みに自分の口元が小さく緩む。黒く凝り固まっていた気分が浮上するのを感じた。 笑顔は笑顔を呼ぶという。幼い子供は親に笑いかけられることで笑う事を覚え、相手の笑みを引き出す。笑顔の効果は科学的に実証されている。 自分に限って言えば誰の笑顔を見てもあまり効果が無い。だが麻衣の笑顔は悪くない。この一杯の紅茶を口にした時のように、暖かさと苦い甘みが自分の中にひろがる。こんなふうに思うのは麻衣だけだ。 「・・・おかわり」 「はーい」 麻衣は笑顔で応じて出て行った。その後ろ姿を眺め、ナルは軽くため息をついて手元の書類に視線を戻す。 (僕は麻衣の笑顔をもっと見たいのかもしれない) その点だけでも、過去の忌わしい記憶とは違う。少なくとも僕は麻衣を泣かしたくは無い。 僕は麻衣に何某かの好意を抱いてるのは確かだろう。ただそれが男女としてか、家族愛的なものかまだ確信が持てない。その違いすら分かっていない。だから麻衣の不安を払拭してやることが出来ない。 麻衣に対して性衝動が起きたことが答えかもしれないが、だとしたら厭わしいとしか思えない。 もし男として麻衣に好意を持っても、驚きはしても受け入れられると思っていた。だが彼女へ抱いた好意によって引き出されたと思われる衝動が過去の記憶を刺激した。麻衣へ抱く柔らかい感情と嫌悪感がセットになっているのだ。 しかしこの感情を否定するつもりはない。 発展途上の好意と忌わしい過去の記憶、このバランスが崩れ無い限り答えを急ぐ必要は無いだろう。 ナルは昨夜の事件に決着つけた。 コンコン、「お代わりだよ!」といつも通りに返答を待たずに入室した麻衣は、手の平サイズの小さな箱を持っていた。 「お誕生日おめでとう!」 「何だそれは」 「ナルへの誕生日プレゼント!今朝渡しそびれたから・・・」 「・・・どうも」 差し出された箱を麻衣の手の平から受け取る。 『開けて!』と期待の眼差しの目で見つめられ、その場でリボンを解き中身を取り出した。 薄い、手の平サイズのカードケースだった。表面はよく磨かれ鏡のように自分の顔を映しだしていた。 「銀製の写真ケース!中を開くとルエラとマーティン、そしてジーンの写真が入ってるよ」 開くと左にルエラとマーティン、右にジーンの写真が入っていた。これは以前麻衣にやった写真とは違うので、わざわざルエラからもらったのかもしれない。開いて立てて置くことも出来る作りになっている。 「最初手鏡にしようと思ったんだけど、ナルが手鏡持ってるとホントのナルちゃんみたいで似合い過ぎるからカードケースにしてみた。キラキラしてるから鏡代わりになるし、もし見られても誤魔化せるから。それに銀細工は魔を退けるって言うじゃん?ジョンに聖別してもらったからお守りにもなるよ!!」」 ニコニコと笑う麻衣に呆れた視線を投げた。 手の平で写真ケースを弄ぶ。軽くてスーツの内ポケットに入るサイズで持ち歩くのには支障ない。写真ケースなど不要だが調査中のジーンとのポイント用にはいいだろう。いつも窓ガラスや手鏡があるわけではない。護符を畳んで入れるのにもいいかもしれない。 そう思いつつも麻衣の手をとり、その手の平に写真ケースを落した。 「えッちょっと!要らないっての!!」 麻衣は怒ってナルの手の平を掴み再び握らせた。 「調査中の時だけ持っててくれればいいからさ受け取ってよ!」 「馬鹿、慌てるな。受け取らないとは言ってない」 「へ?」 「写真を入れ直して来い」 そう言って再び麻衣の手の平に戻した。 「写真?何か変??」 「ルエラとマーティンならともかく、ジーンの写真なぞ入れてたらそれこそナルシズムの極致だ」 「あッ・・・そうかも・・・」 亡くなった双子の兄がいることを知らない者がこれを見たら、見目麗しい自分をいつでも見ていたいのかと勘違いするだろう。 「第一ジーンの写真なぞ不要だ。鏡を見ればいい」 「・・・それもどうかと思うよ?」 麻衣が呆れた顔をした。確かに同じ顔かもしれないが何かが違うと思う。 「んじゃ皆との写真でも入れよっか?」 「もっと相応しい写真があるだろう」 「へ?」 「兄より仕事仲間より、婚約者の方が相応しいのでは?」 ナルは口の端を微かに上げて、麻衣の手の平にケースを戻した。 麻衣は真っ赤になって「あ」とか「う」とか唸っている。 「麻衣?」 「わかった・・・」 真っ赤な顔のまま麻衣は写真ケースを握りしめて退出した。 麻衣の顔なぞいつも見ているから写真で見るまでもない。ただ麻衣の写真を入れておけば噂を聞いた後援者から婚約者はどんな女性かと聞かれた時に見せればよいし、それに麻衣が渡した物なら非常時にサイコメトリの材料になるかもしれない。何よりジーンより断然マシだ。 そう断じて書類に目を戻しながら、先ほどの写真ケースが思い浮かんだ。麻衣から差し出され、受け取りながらその指に触れた。華奢で細い指。初めて触れるでもないくせに、淡い高揚感が胸を占めた。 (触れた熱、それこそが本当に欲しい物だと言ったらどういう顔をするだろう?) ほの昏い想像をしながら、冷やりとした銀の感触を思い出す。 その熱を消せないのを知りながら。 |
なーんか納得いかないとこあるけど一応アップ! 2012.4.21 |
× 展示目次へ戻る × |