二人のはじまり 01 |
今朝の朝食は柔らかめに炊いた玄米ご飯、なめこの味噌汁、厚揚げ、そしてナスとキャベツの浅漬け。同居人は英国人だけどご飯への興味が薄く何でも食べる。作る側としては有り難い限りだ。目の前で優雅に箸を操るナルはとても外国人には見えない。浅漬けに振りかけたゴマ一粒さえ器用に拾って食べている。下手すると私より上手いくらいだ。 「何だ?」 「お箸の使い方がキレイだなって思って」 「今更だな」 「そうなんだけど、改めて思ったというか・・・。リンさんに教わったの?」 「いや、まどかだ。テーブルマナーの一環として叩きこまれた」 「へ~」 さすがまどかさんとこっそり思った。 リンさんもあの大きな手でキレイにお箸を操る。ピシっとしてて恰好良い。ぼーさんもちゃんとキレイに使うんだけど何か違う。お箸の持つ位置なのかな?居候してる時はナルに合わせて洋食中心だったし、デイヴィス家ではもちろんナイフとフォークだった。だからこうしてナルが和食を食べる風景をゆっくり見る機会がなかった。ナルと同居し始めたら些細なことに目がいくようになった気がする。 しみじみしていると、ナルが「そういえば・・・」と呟いた。 「何?」 「今日椅子とベッドが届く」 「そうなんだ。今の壊れたの?」 「ああ、書斎の椅子のスプリング部分が壊れてたからな」 「ふ~ん、ベッドも?」 「いや、それはお前のだ」 「へ?私の?」 「無いと不便だろう。一緒に頼んでおいた」 「まぁあれば嬉しいけど・・・どこに置くの?」 ナルのマンションは3LDKの作りだが、書斎と書庫と寝室に使っているので空き部屋がない。勢いで同居開始してしまったので、今は書庫に布団を敷いて寝ている状態だ。今度の休みにでも書庫を整理して私のスペースを作るつもりだった。 「寝室に置けばいいだろう」 「寝室?」 このマンションには寝室が一つだ。もちろんナルが使っている寝室で、そこにベッドを置くということは・・・・ 「えええええぇぇ!!!」 「煩い」 「あんた何考えてるのさ!」 「何か問題でも?」 「大有りに決まってるでしょう!!」 「どこが」 「どこがって・・・」 自分達はそういう意味でお付き合いしているわけではない。そんな男女が一つの寝室でベッドを並べて寝るなんて問題有り過ぎだ。 「わ、私はヤダからね。一緒の寝室なんか嫌だよ!」 ピンポーン・・・ 二人の言い合いを遮るようにチャイムが鳴った。 「予定より早いな・・・」 ナルが時計を見つつ席を立ちインターホンを覗きこむ。予想通り家具の業者だったらしい。中に入るよう指示した。そしてあれよあれよと言う間に寝室にベッドが運ばれ据え付けられたらしい。その間私は恥ずかしくて書庫に籠ってた。だってベッドが一つしかない寝室に二つ目を運ぶなんていかにもこれから同棲しますって感じでいたたまれなかったからだ。 業者が帰ったころを見計らい、そうっと書庫から出てみると、寝室の前で立つナルに「何を隠れていたんだ?」と睨まれた。あんたみたいな唐変朴には乙女の羞恥心なんか言ったってわかんないやい。 「お、終わった?」 「ああ」 並んでナルの寝室を見るとクラリとした。セミダブルと思わしきサイズのベッドが二つ、幅50㎝くらいのサイドテーブルを挟んで並んでいた。仲良くぴったりとくっつけられなかっただけましと思うべきか、もっと離して!と言うべきか迷うところだ。 「今日からはここで寝ればいい」 隣のナルに言われて目眩がして寝室扉に縋りついてしまる。 「あのさ・・・、何か変だと思わないわけ?」 「うん?」 「ナルと私は恋人同士じゃないし、結婚もしてない。なのに寝室を一緒にする理由なんてないでしょ!何で変だと思わないのよ!」 「入院中は同室で平気だったろう」 確かにイギリスの病院ではナルと麻衣は同室だった。慣れない外国での入院生活だったので、あの時は同室で助かったことが多かった。だがそれとこれは全く別である。 「病室ならちゃんと囲いがあったけど、寝室は何もないじゃん。えと、着替えとかいろいろ・・・とにかく困るから!」 本来ならもっと主張すべき反対理由があるけれどナル相手に言うと鼻で笑われそうなので躊躇われる。変わりに分かりやすい”着替え”という理由を掲げた。 「ウォークインクローゼットを使えばいい」 「そりゃそうだけど・・・」 ナルの寝室には大きなウォークインクローゼットがついている。二畳近くあるそこは中で着替えることも出来る。それが夫婦用に二つあり、引越の際に感心した覚えがある。一つはナルが使っているのでもう一つは空いている。そこを使えということだろう。 (まんま夫婦のノリじゃんか・・・) ナルに全くその気は無くとも、年頃の男女が同じ寝室で寝て着替えもそこで行うなんて想像しただけで顔が赤くなる。さすがに頷けるものではない。 「とにかく一緒の寝室使うのは駄目!私は今のままがいい。悪いけどベッドは使わないから!」 「今は良くても冬は寒いぞ」 「平気!丈夫だもん!」 「何故それほど嫌がる」 ナルが不思議そうに首を傾げた。本当に麻衣が嫌がる理由が分からないのだろう。乙女心を理解しないにも程がある。 (羞恥心ってないの?) いや、調査の時はちゃんと男女のプライバシーを慮ってくれている。ここまで無神経なのは私限定とみたほうが良さそうだ。 (私はジーンじゃないっての!) 麻衣は幾分か怒りつつ、最後の理由を言うことにした。 「これ言うと笑われるかもしれないけど・・・」 「何だ」 「私の身の安全」 「は?」 「ナルがこっちの意思を無視して変なことする人じゃないって分かってるけど、一応婚約まで申込まれてるわけだし?今までのように無防備でいるのは問題かと思ってさ」 ナルにしては珍しく驚いたように目を見開いて見つめられた。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 沈黙が痛い。下手すると自意識過剰ともいえるセリフだ。 一般的に考えてナルみたいな美形が私みたいなのを相手にするとは考えにくい。けど婚約を言いだしたのはナルなので言ってもおかしくないと思う。 イギリスに行く前なら喜んで同居するくらい安全物件だったナルだけど、今は疑問が残る。ナルと私は上司と部下、もしくは仲間であって性別を気にする相手じゃなかった。でも仮にも婚約までしてしまった以上は男女として多少は意識したほうがいいだろう。 ナルは自分の顔の良さを十分に理解し利用する術を知っている。その気になれば大抵の女性を落とすことが出来るだろう。最近社交術で身に着けた誑し手法を私にも向ける時がある。オーラ?フェロモン?みたいなのを出して意味ありげに見つめられると非常に心臓に悪いのだ(トキメクというよりその恐ろしさに)。こうと決めたら手段を選ばない御仁なので、信頼してるし怖くはないけれど安心しすぎるのは危険な相手になりつつある。 それに寝てる間に実験されてそうな危険性もある。 「・・・何か言ってよ」 口を尖らせて言うと、ナルは目を瞬いて戸惑ったように視線を彷徨わせた。 「いや・・・女性ならば当然の危惧だろうな」 笑われなかったことにホッとする。 以前のナルなら「僕がお前を?馬鹿を言うな」と鼻で笑われてもおかしくない。全くの杞憂なら安心だけどちょっと傷付く。女心は複雑だ。 「・・・だがお前がそんな心配をするとは意外だった」 「そこまで子供じゃないよ」 「そうだな」 子供のままでいられなかったから自分達はここにいる。 ナルは溜息をついた。麻衣も気まずげに視線を彷徨わせた。視界の片隅にダイニングがうつり朝食が途中なのを思いだした。今更だけど朝からする話題じゃないよね。違和感にちょっとだけ笑ってしまった。 「何を笑っている」 「んー、だってさ、朝から変な話してるなーと思ったら笑えちゃってさ~」 へらりと笑ったらナルは「確かにな」と僅かに苦笑した。ナルは思案するように口元に手をあて、ひたりとこちらを見つめた。真剣な眼差しにドキリとする。 「・・・何?」 「いや、この際、ハッキリしといた方がいいだろう」 「何が?」 「僕は麻衣に性的な欲求を感じない」 侮辱されたも同然の告白をされた。 でも『ああ、やっぱりな』と納得している自分がいて、少しだけショックな自分もいた。 安全で安心したいくせに、どこかで女として見られたいという自意識が残っていたらしい。オトメ心は複雑だ。 「これは麻衣相手に限らない。どの女性に対しても同じだ」 「・・・サイコトメリのせい?」 「ああ。過去に数人、暴行された被害者と同調したことがある。その弊害で女性を見ても性的な欲求を感じない。お前は気付いていただろう?」 「うん、何となく・・・」 私も乱暴されて亡くなった女性と夢で同調したことがある。私は寸前でジーンが引き剥がしてくれたけれど、それでも暫く男性が怖いという後遺症が残った。あんなのを何人も、それももっと深く同調したのなら、自分は深刻なトラウマを抱えたと思う。 私が軽い男性嫌悪症になったのを気づいたのはナルだし、その時に相談にのってくれたのもナルだった。その時過去に似たような経験をしたと聞いたので、女性に興味ないのはそのせいかなとうっすら思っていた。それは真砂子が告白したときの断り文句で裏付けられた。 「心配した両親が検査を受けさせたので身体的には正常だというのが分かっている。サイコトメリを行ったのは精通がきた後だったのが幸いしたのか、第二次性徴に障りはなかった。性行為自体は可能だ。だが性的欲求が極端に少ないという精神的弊害が残った」 「・・・・・・・・・」 「もともと性への興味は薄かったが、あれで皆無になったな」 ナルの口から出る話は自分のことなのに、まるで何かの実験結果を報告されてるようだ。生々しさを感じさせない口調はとてもナルらしい。でもそれを問題と思っていない様子が聞いてて辛かった。 心に傷を負ったことへの同情ではない。 傷を負いつつも放置するナルの姿勢が痛いんだ。 ナルは何でもそのまま受け入れる。傷の存在を認め、今の状態を受け入れている。普通は傷があれば治そうと努力するだろう。でもナルはそれをしない。自然に任せ、治っても治らなくてもいいと考えてる。そのことの方が問題だと思う。聞かされた方はたまらない。でもナルはそれがわからない。 「だから麻衣が心配するようなことは起きない」 「・・・ん、分かった」 大して心配してなかった問題は杞憂に終わり、全く別の大き過ぎる問題を掲げられて途方にくれる。また別の疑問も浮かぶ。 (それなら結婚なんて無理じゃないの?) その疑問が顔に現れたのか、ナルは先回りして言葉を重ねた。 「・・・麻衣に触れるのは嫌じゃない。だから問題ない」 「え、あ、そうなんだ///」 心を読まれたようで焦り顔が赤くなる。男の人の生理現象は良く分からないけれど、問題無いというなら大丈夫なんだろう。さすがに深く突っ込むことは出来ない。 (問題ないって・・・いわゆるそういうことだよね) ナルは涼しい顔をしているのに自分だけ赤くなるのが恥ずかしい。ナルを直視出来ずに顔を背けていると「他には?」と聞かれて慌てて前を向いた。 「問題が無いならいいだろう。安心して使え」 「いや・・・そのさぁ・・・」 (この朴念仁に羞恥心を教えるにはどうすればいいのッ) 考えあぐねて言葉を濁しているとナルが特大のため息をついた。 「何をごねている。ベッドを自分で選びたかったのか?」 「ちがわいッ!」 朝から怒鳴り疲れた麻衣だった。 |
麻衣の過去に同調したエピソードは1巻の書下ろしで書きました。サイトにupする予定はありません。 2012.2.16 |
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