博士は思考する


昔、麻衣に『感情の機微の分からない馬鹿』と言われた事がある。

 これは正確では無い。
 分からないのではなく、どうでも良かったから無視出来ただけだ。

 僕は愛情というものが良く分からない。
 これが愛情だという確とした感情を抱いたことがないので実感が湧かない。
 僕にとって愛情とは、どれも遠く眺めるようなものだった。
 実の両親に幼い頃愛されなかったせいかもしれないが、ジーンは正常なので僕の持って生まれた性質が大きいのだろう。自己分析には興味ないのでどちらでも良い。
 今の両親に抱く感情は感謝と尊敬、それが一番近い。そこに言葉では言い表せないものが時折混ざる。これが愛情というのならそうかもしれない。
 ジーンに対しては良く分からない。僕らは心の奥底で繋がっていた。両親同様に言葉では言い表せないものが混ざるが、片割れに抱くのは自己愛に近く、愛情と言えるのだろうか甚だ疑問だ。離れていれば静かで楽、傍にあればうっとうしいが便利に使えることもある。大体はそんな感じ方しかしなかった。
 だが絶対切り離せない相手でもあった。そう感じたのはジーンだけ。
 それ以外は切り離し難い、もしくは無視できないと感じる相手がごく少数。あとは完全に無視出来た。
 ジーンを探すために日本に来てから無視できない相手が急に増えた。
 この無視できないということが何らかの情を相手に抱いた証拠だとしたら、面倒だが人として良いことなのだろう。それくらいは分かる。
 それでも彼らと離れるのは苦にならなかった。傍にあっても、離れても、対して違いを感じないからだ。必要とあれば連絡をとればいいだけだ。
 麻衣もそうだ。
 イレギュラーズより近い感触があったが切り離し可能な相手だと思っていた。ジーンの話を聞くまでは・・・。

『ラインが繋がっている』

 理由がやっと分かった。同情が切欠でもその後も麻衣を気にかける理由も、彼女の気質に馴染んだ理由も。麻衣はジーンと同質の魂を持っていた。ジーンを通して僕と麻衣は繋がっていた。切り離し可能だと思っていたのは間違いだった。
 あれから3年。麻衣は僕を通してジーンを、ジーンを通して僕を、僕ら双子を見つめ続けていた。
 そしてジーンを男として愛し、僕のことも身内のように愛してるのだろう。無茶な要求をされても大概は受けいれるし、僕から離れていかないのもそのせいだ。麻衣は僕とジーンの両方に愛情を抱いている。
 自分にとってはそれで十分だし、都合が良かった。
 そして今は切り離したくない相手に変化した。
 ぼーさんに「麻衣に自分を好きになってもらおうと考えないのか?」と問われた。
 そんなこと考えた事もない。自分が彼女に恋愛愛情を抱いてないのに、彼女に求めるのは筋違いだろう。
 麻衣が自分に対して恋愛感情ではなくとも、身内のような愛情を抱いてるなら好都合。死者と結婚は無理なのだから僕で妥協すればいいと思うだけだ。
 それならばやることは自ずと決まってくる。


2012.1.22
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