エピローグ |
「ああ…とうとう帰っちゃうんだなぁ…」 麻衣は飛行機の中で盛大なため息をついた。 「一ヶ月なんてあっという間だったね。そのうち一週間はほぼ入院してて動けなかったしさ。まだまだやりたいことたくさんあったのになぁ~」 とてもとても楽しかったのだ。 デイヴィス家に家族のように温かく迎えられ、研究所の皆と楽しく過ごせてとても充実した一ヶ月だった。 楽しかった分、離れるのが辛い。 麻衣は窓に張り付き、再び盛大なため息をついた。 それをうっとうしそうにナルは見やった 「また来ればいいだろう」 「そうだけど・・・」 「ルエラもマーティンもまどかもお前が行けば喜ぶ。行きたいなら何度でも行けばいい」 「そうしたいけどね、難しいでしょ?」 「旅費なら経費で落としてやる。その分働け」 「いや、それはそれで嬉しいんだけど…」 「何か問題でも?」 ナルに出して貰うにはちょっと躊躇う問題があった。 別れの日、ルエラは何度も言ってくれた。 『また絶対遊びにいらっしゃいね』 これは純粋に嬉しいのだけれど次がいけない。 『ナルは気難しくて、デリカシーが無くて大変でしょうけれど、見捨てないでやってね?麻衣が娘として来てくれることを楽しみにしてるわ』 まどかさんによって私達の婚約騒動を知られてしまい、妙に期待させてしまっているのが心苦しいのだ。 「お前が気にすることじゃない」 「でもですね・・・」 まだ言い募る麻衣に、ナルは顔を近づけて意味ありげに微笑んだ。 「なら期待にそって早めに結婚するか?」 だから近いッ!近いってば!! 「ほ、保留にさせてください・・・」 コレだけいうのが精一杯だった。 「なら気にするな」 「はい・・・」 これ以上藪から蛇を出したくないので素直に頷く。 「そだ、私達の婚約の件は皆にはどうする?隠しとく?」 「言わなければいい」 「そうだよね。了解~」 言ったらぼーさんやが騒ぐに決まっている。 ただでさえイギリス行きにごちゃごちゃ言ってたのだ。これ以上何かを言われたくない。 「・・・甘いです」 突然、リンさんが口を開いた。 「まどかがこの一件を皆さんに知らせないはずがないでしょう。昨日の時点で皆さんにはメールで伝えられてます」 その証拠に・・・ リンさんは私達に向かって携帯画面を見せた。 開いてる画面は着信履歴。 そこに並ぶ名前が・・・ 「お父さん、うざいよ…」 見事に滝川法生の名前で埋め尽くされていた。 「因みにメールも同様です」 「見せなくていい」 ナルも面倒臭そうに視線をそらした。 「ナル…どうしよう?」 「放っておけ」 「ナルはそれでいいでしょう。でも私はそうは行きません。日本に着いた早々、飲みの約束の催促です。滝川さんだけじゃありません。安原さんも、松崎さんも、ブラウンさんでさえ、話を聞きたがっています。滝川さんが、あの経緯を聞いて怒らないはずはありません。一体何をどう話せばいいのだか…。正直憂鬱です」 「リンさん・・・」 麻衣はリンさんの心痛を思うと胸が痛い。でも頑張ってとしか言えない。 「喜べとでも言っとけ」 「ナル?」 どういう意味かと聞くと、ナルはにっこりと微笑んだ。 「愛娘が敬愛する博士と婚約したんだ、おめでとうと言うのが妥当では?」 花のような笑顔で、ぼーさんが憤死しそうなことをのたまった。しかも言葉だけみたら間違っていないのだから始末におえない。 (ご、極悪だ…) こいつの傲岸不遜さには呆れるしかない。 「ナル・・・」 「文句があるなら僕に言えと伝えとけ。…離陸するぞ」 飛行機の機長から間もなく離陸するとのアナウンスが流れた。 それを聞いたリンさんはため息と共に携帯の電源を切った。 私は慌ててシートベルトを締めなおす。 暫くして飛行機は発進し、スピードを上げた。 ふわっとした浮遊感、機体が持ち上がり無事離陸した。 窓を見ると、イギリスの大地がどんどんと離れていくのが分かった。 何だかいろいろあったけれど楽しい一ヶ月だった。 ナルと婚約するというハプニング(?)もあったけど、実のところそんなに心配はしていない。 ナルは最後には私の意志を尊重してくれると思うし、それに将来本当に結婚してしまうかもしれないことになっても、それはそれで良いと思う。 暴走して、傷ついたナルを見たとき、私はもっと強くなりたいと思った。強くなってナルを守りたいと思った。 ナルへ抱くこの気持ちは一体何なんだろう… 自分でも分からない。 男性としてナルを愛しているかと問われれば、答えはNOだ。 でも、自分の身を張ってでも助けたいと思うくらいにはナルのことを大事に思っている。それは確か。 もし私がナルと結婚することで彼を守れるならそれも良いと思っている自分もいる。 ナルが言ったように、時間をかければ私達は良い家族になれる気がする。 ナルはデリカシーは無いし、女心を解する気はさらさらないが、家族を大事にする人だ。 そういうとこは共感できる。 その結果、夫婦として愛し合える日もくるかもしれない。 そんな気もちょびっとだけしないではないのだ。 でもこれを言うと調子に乗りそうだから当分内緒。 それに本当に好きになる相手が現れるかもしれないという未来もなくはない。 来た時はジーンへの思いで切なさが詰まった旅だった。 でも帰るときは、未来への予感に詰まった旅だった。 『ジーン、またね』 心の中でそっと呟いた。 〈 完結編へ続く 〉 |
2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載 ※オマケペーパー掲載予定はありません。 |
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