最後の日 -12- 
 車に乗り込み、二人きりになった途端、麻衣は盛大に文句を言い始めた。

「偽装結婚は嫌だって言ったじゃん!」

 涙目で訴えられた。
「私は私が愛せて、私を愛してくれる人と結婚するの!結婚てそういうものでしょ?私を好きじゃないナルとは結婚できないッ!」
 その考えに、ナルは異論を唱えた。

「最初から愛していないと駄目なのか?」

「へ?」
「僕ら兄弟と両親は最初から愛しあってなどいなかった。時間をかけて、お互い慣らしながら家族になった。夫婦も最初は他人だ。一緒だろう」
「・・・それは、そうだけど・・・」
「前にも言ったが、僕は麻衣の事を好きかどうかと言われたら正直わからない。だがもし新たに家族を作るなら、麻衣がいい。そう思っている。今はお互い好きじゃなくとも、時間をかけて家族になればいいと思っている。この考え方は間違っているか?」
「間違ってない、と思う…」
「弾みで言ったあの時とは違う。僕なりに考えて出した提案だ」

 麻衣を愛しているかなど自分には分からない。
 だが『麻衣となら・・・』で許容できる出来事がありすぎた。
 そのことに改めて気付かされた。
 これの意味することはまだ分からない。
 ただ、麻衣のような女は二度と現れないだろう。ジーンに言われた訳じゃない。それくらいは分かる。
 だから、婚約という名の鎖で麻衣を束縛したかった。逃したくなかった。

「ナル・・・」
 麻衣は考え込むように俯いた。
「・・・・・・・・・でも私は・・・」
(ジーンが好き)
そう続けるつもりだろう。
分かっているがあまり聞きたくなかった。
「何も今すぐ結婚するわけじゃない。時間をかけて考えればいい」
「へ?」
「だから『婚約』にしてやっただろうが」
「え、どういうこと・・・?」
「婚約は結婚の予約みたいなものだ。もし本当に僕と結婚したくないなら婚約破棄すればいい」
 麻衣は目を瞬いて僕を見つめた。
「・・・破棄しても、いいの?」
「ああ」
「もし私に好きな人が出来たり、ナルとは無理だと思ったら破棄していいの?」
「約束する」
 麻衣は目に見えて安堵した表情を見せた。
「何だぁ、びっくりした!それじゃ今までと変わんないじゃん」
「それは少し違う。これで対外的に麻衣は僕の婚約者、パートナーとして扱われるだろう。僕もそうする。覚悟しとけ」
「って何するの?」
「さあ?」
「ナル!」
「お前が大学を卒業するまで猶予をやる。それまでに破棄するかどうか決めろ」
「え、ちょっと!早いよ!!」
「十分だろう」

 麻衣は『婚約破棄してもいい』、『今すぐ結婚しなくてもいい』と言う響きに誤魔化されて、結婚しなくていいと思い込んでいる。
 麻衣は公の場で婚約を発表したという事実を忘れている。
 あれだけ大勢の前で、しかも権力者達の前で『婚約する』と言ったのだ。麻衣は間違いなく正式なナルの婚約者になったのだ。
もし麻衣に懸想し、求愛する者が現れても、忠告と妨害が入るだろう。麻衣は英国で僕以外の夫を見つけることは難しい。好きな人が出来て婚約破棄など夢のまた夢だ。

 このオリヴァー・デイヴィスとの婚約を破棄するだと?

 そんなこと許すはずが無い。

 あんなの詭弁だ。
 もし麻衣が結婚を拒否しても許すつもりはない。
 とはいえ、無理強いするつもりはない。
麻衣は流されやすい。
時間をかければ絆されて僕との結婚を承諾するだろう。
十分勝算はあった。


 逃すつもりは、無い。


 恋人から婚約者へ、新たな関係の始まりだった。


2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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