保護者会


「何ぃぃいい!ナルがと麻衣を連れてイギリスへ帰省するだと!」


 自称麻衣の父親こと滝川法生は、「おーまいがっ!」と立ち上がって叫んだ。すかさず隣に座っていた綾子に「煩い坊主ッ!あんたが立つと邪魔でしょッ」と後ろからはたかれた。
 因みに場所はいつもの事務所ではなく都内某所の居酒屋だ。メンバーは綾子、ジョン、安原に加えてリンという大人組+αのフルメンバー。ラフなTシャツ姿の滝川とジョンと安原はともかく、全身ブランドでがっちり固めた綾子とさりげなく高級スーツを着ているリンも不思議とこういう庶民的な席に馴染んでいた。周囲の人間がどんな集団だと不思議な視線を送っていた。
 ちなみにリンが居ない時は焼き鳥屋に行くことが多いけれど、本日は串焼き屋。テーブルの上には焼き肉の他に、野菜焼き、磯辺焼き、野菜のてんぷらと、リンでも食べれるメニューが並んでいる。滝川・綾子・ジョンは日本酒、安原はサワー、リンはハイボールを手にしていた。

「それに二人だけじゃありませんよ。リンさんも帰省するんですよね?」
「はい。調査も兼ねて3週間ほど帰省する予定です」
「調査もあるんどすか」
「調査といいましても毎年この時期だけ現れる現象がウィンブルドンにがありまして、それを記録しに行くだけです。非常にクリアーなデータが取れますので毎年恒例となってるんですよ。元々ナルもその時期に合わせて帰省する予定でした」
「所長去年もこの時期に帰省されてましたけど、そういう理由でしたか」
「やっぱ仕事絡みなのね」
「渋谷さんらしいどすな」
 綾子、ジョン、安原の三人は納得したように頷いた。
 だが滝川だけは納得いかないと不満顔だ。
「・・・気に入らねぇ」
「何がよ」
「あのな、仮とはいえお付き合いしている男女が彼の両親の元に行くんだぞ?それを意味することは一つじゃねーか」
 『お付き合いしている男女』と言えばナルと麻衣のことだろうが、どうも違和感を感じるフレーズだ。
「まぁ『結婚を前提にお付き合いしてます』の挨拶に行く、と普通なら考えますね」
「普通ならねぇ」
「そうどすなぁ」
 のんびりと答える3人をよそに、「だろぉ!」と一人鼻息荒くテーブルを叩いた。酒がこぼれてかなり迷惑である。
「何興奮してんのよ。そんなはずないでしょ、あのナルちゃんだもの」
「そうですよ、あの所長ですから」
「ええ、あの渋谷さんですさかい」
「あり得ませんね」
 今度はリンまで加わって滝川の心配を否定した。
 なのにまだ滝川は酒コップを齧りながらうーうー唸っている。
「あのな、もしナルにその気はなくとも、あっちの両親が麻衣のことを気に入っちまったらどうする?いーやうちの娘は絶対気に入られるに決まってるッ!んで『このまま麻衣と本当に付き合っちゃったら?』なんて言われてみろよ。両親から強く言われたら面倒くさがりのナル坊なら『それでも別にいいが』とか言うかもしれないだろうがッ!麻衣だって家族ぐるみで言われたらうっかり『うん』て言っちまうかもしれねーだろうが!あの二人が本当に付き合っちまったらどうする!!!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 4人は滝川の想像力に呆れたが、『それは無いんじゃないの?』と完全に否定することができない。
 この数カ月、ナルと麻衣は上手くやっているように見える。麻衣は楽しそうにナルを構ってるし、ナルはそれを邪険にしない上に協力してもらってる手前珍しく気を遣っている場面が見える。しかも最後まで滝川は気付かなかったが、二人は二週間の同居生活を送ったことまである。それも至極うまく過ごしていたようだ。
 恋人同士にしては甘さの欠片も無い二人だけれど、ナル相手ならそんなもの望む方が無茶だ。恐らく本物の恋人同士になってもそう変わらないに違いない。
 そんな二人を見たら両親は喜んで本当の恋人になればいいのにと思うだろう。
 しかもあの、ナルだ。
 こんな機会はないと親心で強引に二人の仲をまとめようとしてもおかしくない。
 まぁあのナルちゃんが頷くかどうかは別なのだが・・・

「・・・もしそうなれば、私は大賛成ですが」
「反対する理由はありませんね」
「さいですね」
「いーんじゃない?」
 リンを筆頭に4人はあっさり頷いてしまった。

「俺は大反対だ!!!ナル坊なんか麻衣が苦労するに決まってんだろ!」
 またもや立ち上がりギャースカ騒ぐ坊主に綾子が「静かにしなさいッ」と、ピンヒールで滝川のつま先に教育的指導をかました。ギャッと叫んでうずくまる滝川に、安原は不思議そうに首を傾げた。
「滝川さんだって谷山さんが所長とお付き合いするのは賛成してましたよね。何がそんなに気に入らないんです?」
「付き合うことに賛成したんじゃないッ!付き合う『振り』に賛成したんだッ!」
「似たようなもんじゃないですか」
「ぜんっぜん違うだろ!」
「ナルと付き合う『振り』しとけばどこぞの馬の骨にかっ攫われる心配はないもんねぇ、とんだ親馬鹿ですこと」
「うっせー!お前だって賛成してただろうが」
「まーね、だって麻衣ってば危なっかしかったんだもの。ナルなら変な心配はいらないし?」
「だろ?俺もそう思ってだな・・・」
「でも今は、ホントに付き合っちゃえと思ってんのよね」
 滝川は「何ぃぃい」と目をむいて驚いた。その顔には『この裏切り者!』とでっかく書いてある。
「だって、最近の二人見てたら結構お似合いかもと思うんだもの」
「あ、それ僕も思います。昔から息のあったじゃれあいをしてると思ってましたが、最近は熟年夫婦のようなノリがありますね」
「僕も渋谷さんには麻衣さんのようなタイプがお似合いと思うてます」
「私も同感です」
 またもや滝川以外は同意した。そうなればめでたいめでたいと言わんばかりだ。
 だが滝川だけは「絶対反対!」と一人抵抗している。
「ナルには確かに麻衣みたいなしっかり者で物怖じしないタイプのが良いだろうよ。でも寂しがり屋な麻衣にはうんと優しい男の方が良いと思うんだよ。ナル坊じゃ麻衣を泣かすだけだ」
 それを言われると男三人は黙ってしまう。
 寂しがり屋の麻衣は暖かい人柄でよく気が付くタイプを好む。実際歴代の彼氏はそういうタイプだった。麻衣側から見ればナルは好みと正反対のタイプだ。ここまで好みが合わないのにくっつけばいいのにと思うのは強引すぎる話だ。
 だが・・・

「そうかしら。案外ぴったりかもよ?」

 一人、綾子だけは異を唱えた。

「どこがだよ」
「顔良し、スタイル良し、なおかつ高給取り。仕事以外に浮気はしそうにない。まず条件は良いわよね」
「それならナル以外にもいるだろう」
「しかも同じ孤児同士。だけどナルにはしっかりとした養父母が居て安心、かつ麻衣の孤独をよく分かってあげられる。仕事も一緒で特殊なこの業界にも理解が有る。そういう相手ってなかなか貴重じゃない?」
「・・・まぁな」
「性格だけは難有りだけど麻衣なら平気でしょ。あーいう気難しいタイプは長生きするわね。健康面だけ心配だけど、それを構う楽しみもある。麻衣は優しくされるのが好きだけど、優しくするのも大好きだわ。もう寂しい寂しい言ってるばかりの子供じゃないのよ」
「・・・・・・」
 綾子に横目で睨まれた滝川は、麻衣を歳以上に子供扱いしている自覚があるので詰ってしまう。

「なにより、ジーンに対抗出来るのってナルくらいだと思う」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 綾子の言葉に滝川は黙るしかなかった。それは他のメンバーも同じ…。
 皆は麻衣はナルの事が好きなのだと思っていた。だが調査のたびにジーンが麻衣の夢に現れると知り、あの夏以降の麻衣のナルへの態度を見ていると、自分達の勘違いに気づいてしまった。麻衣が本当に恋をしているのはナルではなくジーンだったのだと。
 夢の中に現れてナルの顔で笑い、ナルの顔で優しくされる。しかも自分だけ。
 これで特別な感情を抱かない女の子はいないだろう。
 このことに気付いた面々は麻衣の幸薄さに胸を痛め、綾子だけはやっと話せると安堵した。

「麻衣とジーンの間には誰も入り込めない。でもナルなら入りこめる。それって大きいと思わない?」
「・・・・・・・・・」
「確かに・・・」
「そうかもしれまへん・・・」

 滝川には梅吉が、綾子には実家の楠がいる。それぞれ他人には話せない、入り込めない何かを持つ自分たちは、それを共有できる相手のありがたみをよく知っている。そういう存在が希有な事もまたよくわかっている。ジョンもリンも同じようなものを抱えている。

「あの二人が本当に付き合うなんか分からないけど、今回の旅行で墓参りでもして何かの区切りになればいいと思うのよ」
「・・・さいですね」
「ええ」
「・・・まぁな」
「・・・・・・」
 単純に反対できなくなった滝川は大きく溜息をついてコップをあおった。その肩がずいぶんと下がって見えるのは気のせいじゃないだろう。

「まぁ、あの二人が纏まるとしても当分先だろうから安心しなさいよ」
「そうですよ」
「さいです。そんな心配されんでも、渋谷さんは『へたれ』ですさかい、大丈夫でっしゃろ」

「「「はぁ?」」」

 ジョンの『へたれ』発言にリンを除く三人は驚きの声を上げた。リンだけは意味が分からないらしく無表情のまま。

「あの・・・ジョン、意味分かって言ってる?」
「?恋愛ごとに疎くて女心の分からない方のことをいうのんでっしゃろ?」
「そ、そういわれればそうなんですが・・・」
「間違いじゃないかもしれないけど・・・ちょっと違うから、ね?」
「ああ、間違いじゃないが・・・ちょっと特殊な言い方だから、外で言うのは止めとけ?」
「ええ、所長の前では言わない方がよろしいと思います」
「はぁ・・・、気ぃつけますです」

 『へたれ』・・・?
 あのナルが、あの所長が、デイビス博士が『へたれ』だと・・・?
 良い度胸をしている。さすがジョンだ。
 三人は苦しそうにヒーヒー笑っている。
 よく意味の分からないジョンとリンだけは首をひねっていた。

 ジョンの『デイビス博士へたれ疑惑』により、先ほどの重い空気は一掃されていつもの陽気な飲み会に移行していった。

 ぼーさんの心配は杞憂で終わるのか、どんぴしゃりで当たるのか
 それはまた帰国後のお話・・・。




END




題名を「(ぼーさん)孤立無縁」にしようかどうか迷いました(笑)。
ナルは自覚したら強引に行くだろうからヘタレじゃないと思うよ!自覚前はそれ以下だけど!次はイギリス編でーす!


2011.2.16
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