アクシデント


 本当に勘弁して欲しいと思う。
 
「貴女なんかデイヴィス博士に相応しくありませんわッ!」

 大学からバイトに行く途中で颯爽と現れた黒塗りベンツに足止めされ、ゴスロリ一歩手前の上品で上等なフリフリドレスを着た美少女が仁王立ちして衆人環視の中で非難されるのなんか本当に勘弁して欲しい。
 ナルじゃないけど大きくため息をついてしまう。

「あーはいはい、ちょっと場所変えようか」
「ちょ、ちょっと!」
 幸いベンツには運転手のみしかいない。強引に彼女をベンツに押し込み自分も一緒に乗り込んで、運転手に渋谷駅まで向かってもらうよう伝える。女の子がごちゃごちゃ言いはじめたけれどニッコリ笑って押し切った。
 移動中、彼女はお父様に連れられて行った英国でのパーティでナルに一目ぼれした、如何にナルが素晴らしいか素敵か、貴女なんか彼に相応しくない、等などと滔々と語ってくれた。
 要はナルに相手されなかったから私のところへ来たと言う訳だ。
(ったく実害はないと思ってたのになぁ・・・)

「ちょっと!貴女!話を聞いてまして?」
 もちろん聞いてない。右から左へ流している。
 このお嬢さんは16、17歳くらいか、恋に夢見るお年頃なんだろう。ナルの美貌とパーティ仕様の分厚い猫被りした姿に騙されてしまったようだ。白皙の美青年、白馬に乗りそうな王子様、その他諸々の妄想を抱いても不思議ではない。
 王子様の実態が兄すら死亡解剖したがるマッドサイエンティストだと知ったらどうなるだろうか?
 ここは一つ現実を教えて夢から覚めてもらおう。

「ねぇ、死体って見たことある?」

 ズバリと聞くと『死体』の言葉に顔が強張った。
「な、何ですの急に・・・」
「だってナルが好きで恋人になりたいんでしょ?」
 パッと顔が赤くなり恥じらう姿が可愛らしい。こういう仕草が似合うんだから育ちの良さがよくわかる。
「それとどういう関係が・・・」
「大ありなんだなこれが~」
 目の前でちっちっちと指を振って否定してやる。
「ナルの仕事分かってる?心霊学者だよ?人が死ななきゃ始まらない仕事なんだな~」
「それは知ってますけどお仕事でしょ。私には関係ありませんわ」
「確かにお嬢さんなら調査に行かないから直接は見ないから大丈夫かな?」
「そ、そうですわ」
「出来れば見ないに越した方がいいよ。この4年間で一杯見たもんねぇ。死にたての死体に、腐乱死体、蝋化死体、あと見てないのドザエ門くらいかなぁ。私は見てないけど同僚は見て暫くご飯食べれなかったってさ。臭いがすごいんだって」
「・・・・・・・・・」
「しかもナルは完全なる仕事馬鹿だから。家にも当然、仕事用資料を持ち込むんだよ?ちょっと見たくない写真とかもたーくさんあってさ、リビングなんかで見てるのを横からうっかり見ちゃってご飯食べれ無くなったこともあるから勘弁して欲しいんだよね」
「・・・・・・・・・」
 霊が映った資料の中にたまたま死体が映ってただけで、死体が映った資料はそう多くない。そんな資料を家に持ち込むことなど滅多にない。でも皆無じゃないから嘘でもない。
 あとナルと一緒に調査に行って見た霊の話を少しばかり誇張して言ってあげた。
 呪われて自宅と霊と睨めっこしたことも話してあげた。寝室一緒なら見ちゃうよ?とも付け加えた。
 
「そういうの見る覚悟、ある?」

 ひくりと顔が引きつったのが分かった。



 * * *



 カランカラーン、と麻衣がブルーグレイのドアを開けたのは出勤予定時間を一時間もオーバーしてからだ。
「すいません、遅れました!」
 同僚の安原さんが安心したように微笑んで出迎えてくれた。
「携帯にも出ないし、心配しましたよ?」
「すいません・・・」
 今までずっとお嬢さんと話し込んでいたので出るに出られなかったのだ。
 さて、遅刻の理由をなんと説明するか迷っていると、所長室から冷ややか~な視線と不機嫌そうなオーラと共に諸悪の根源が現れた。
「随分重役出勤ですね、谷山さん?」
 このナルの言い草に

「アンタのせいじゃこのアホンダラー!」

 と叫んだ麻衣に罪はないだろう・・・ 



 * * *



 一部始終を聞き終え「それは災難でしたねぇ・・・」と安原は大いに同情した。
「もう!実害は無いと思ったのに!!私は虫除けは引き受けたけど、駆除まで引き受けた覚えはなーい!」
 拳を振り上げてナルに抗議するのも無理からぬことだ。困ってる上司を見かねて協力しただけなのに、衆人環視の中で罵倒されたのだ。怒るのが当然だし、ショックを受けて泣きだしてもおかしくない。麻衣だからこそ無事に済んでこんな明るく言えるのだ。
 どのように切り抜けたか聞いてみれば

「ナルの仕事内容良く知らないようだったから、調査の内容を中心に、懇切丁寧に教えてあげたの。途中青ざめて可哀想だったからお茶してきた。お茶の間はナルの仕事馬鹿振りや女心の分から無さ加減を教えて上げたら熱も冷めたみたい。なかなか良い子だったよ」
 とあっけらかんとして答えた。

 ハードなノンフィクションホラーを丁寧に聞かされれば並みのお嬢さんはたまったものじゃないだろう。それだけじゃなくお茶するくらい仲良くなったらしい。さすが猛獣使いの異名をとる麻衣だ。並みの女の子じゃこうはいかない。そういう意味ではナルの人選は間違っていない。

「あーんな可愛い子を騙すなんてすっごく気が引けたんだよねぇ」
「騙す?」
「『お二人の馴れ初めは何ですか?』って聞かれて、苦学生の私をバイトさせてくれたことを話したら、『まぁ!現代版あしながおじさんですのね!ロマンチックですわ!!』なんてキラキラした目で言われちゃった。実際はただの鬼上司と猫の手部下なのにさ。なんか罪悪感・・・」
「真実は時として残酷ですよねぇ・・・」
 ロマンスが産まれそうな状況はてんこ盛りの二人なのに、互いが恋愛感情を欠片も抱いてないなんて事実は、恋に夢を見てるお嬢さんには聞かせられない。二人してしみじみしてしまう。

「そんなわけで、精神的慰謝料を要求します!」
 麻衣はナルに向かってシュパッと手を上げて訴えた。ナルはそれに嫌な顔をしながらも、少しは悪いと思っているのか、無視せず軽く頷く。
「・・・希望は?」
「デメルのザッハトルテを1ホール!大きいのね!!」
「ケーキか?」
「そ!ウィーンの超高級ケーキ!一度思いっきり食べてみたかったんだぁ~」
「お前は食い気ばかりだな」
「なにおぅ!迷惑料なんて食べて消えるくらいがちょうどいいでしょうが」
「・・・・・・明日買ってこい」
「りょっかーい!」
「お茶」
「はーい」
 話は済んだとばかりにナルは所長室に、麻衣は給湯室に消えた。

「谷山さんらしいですねぇ・・・」
 あそこのケーキは高いので彼女にしてはふっかけたつもりなのだろう。でもたかが数千円程度だ。迷惑をかけられたけれどナルが悪いわけではないから恩に着せるつもりはないらしい。
 安原からすればまだまだ甘い。自分だったらもっとふっかける。嫌がらせも込めたプライスレスな物がいい。二人でプリクラくらい強請りたいところだ。
 一方的に迷惑をかけられたのだから、それを盾にもう少し甘えたり寄りかかったりしてもいいと思う。そうして人と人は深く関わっていくものだと思うから。

 誰にも寄りかからず、寄りかかれず、彼女は一人で生きてきた。
 そんな彼女に手を差し伸べる人は多かっただろう。14歳の子供が一人で生きて行くには誰かの援助なしには無理だ。その手に支えられて彼女は一人で立つことが出来たのだと思う。そして必要以上に寄りかからないよう努めてるように見える。
 その反面か、彼女は相手にも求めない。
 自分が人に優しくしてもらった分を返すように、他人にも優しい。同情し、時には体を張って相手に尽くす。こちらがハラハラしてしまうくらいに無鉄砲に突っ込むことがある。だけれどそれに何か見返りを求めた事は無い。大抵「良かった」と笑って終わる。
 どれも彼女の美徳だけれど、寄りかかって欲しくとも「大丈夫」と言われればそれ以上踏み込みにくいし、恩義を感じて礼を言っても「気にしないで」とあっさり返されればそれ以上言いにくい。肩すかしを食らったような、妙に寂しい気がするのだ。
 あれだけ懐いてるイレギュラーズですら必要以上に寄りかかろうとしない。だからこちらから積極的に構うしかない。それを素直に受け入れるようになっただけマシになった方だと思う。

(でも、所長にはそういう方がいいんでしょうねぇ・・・)
 対照的な性格のあの二人は、不思議と他人との距離感が似ている気がする。
 人のプライベートに踏み込むどころか、触れない。尋ねることもない。所長の性格ならは当然だけれど、あれだけ人懐こい谷山さんも同じなのが意外でもあり、理由を考えれば納得して微妙な気分にさせられる。
 彼女にはプライベートを共有する家族がいない。成人して家族と過ごす時間が減れば別だが、中学・高校生の時は家族と過ごす時間や束縛が多く家族間のプライベートが生まれる。相手が話しても自分は話せない。境遇を聞けば気の毒な顔をされる。自然とそれに触れる話題を避ける癖が出来たのだろう。自分だとて彼女の前でその手の話をするのは躊躇われる。逆に彼女に気を遣わせるのは分かってても上手く言葉が出ない。顔に出さずとも伝わってると思う。
 でも所長との間にはそれがない。
 微妙な話題がでても至って普通に会話し、時にハラハラするような会話を平気で交わす。そんな二人のやりとりは、とても自然で無理が無いように見えた。自分達には出来ない二人の距離感があるような印象を受ける。
 所長の境遇は詳しくは知らないけれど、二人とも孤児で、身内を事故で亡くしている。
 この妙な符合・・・。
 そんな二人が寄り添うのはとても自然な流れに思える。
 不遇な境遇を感じさせない強い二人に、幸せを願うなんておこがましいことかもしれない。でも二人が寄り添って人並の幸せを味わって欲しいと願うのは周囲の感傷に過ぎないのだろうか・・・。
(お似合いだと思うんですけどねぇ)
 そう思うのは自分だけじゃない。リンさんと森女史も同じように思っているようだ。イレギュラーズもなんとなく認めている節がある(滝川さんに関しては誰も認めたくないだろうから除外)。

 でも肝心の二人はそういう気はないらしい。
 
 実に残念だった。



 * * *



「所長、ちょっとよろしいですか?」

 所長室を軽くノックして声を掛ける。了承の返事にドアを開けて入室すると、所長はデスクで谷山さんが淹れた紅茶を飲んでいるところだった。
「失礼します。少々お耳に入れたい事が・・・」
「何でしょう」
「実はですね、谷山さんが嫌がらせを受けたのはこれが初めてじゃないんです」
「・・・・・・」
「たまに事務所に無言電話が来るんです。僕がとると無言で切れるだけですが、谷山さんがとると何やら喚いてから切れるようです。彼女に尋ねても『イタズラ電話みたい』と笑うのですが、多分今回のような嫌がらせではないかと・・・」
「・・・・・・」
「すぐ通知記録を確認し着信拒否設定にしました。それ以降はかかってこないようです」
「そうですか」
「あの、差しでがましいとは思うんですが、お見合いをお断りする際に谷山さんの名前は出るのでしょうか?」
「いえ、麻衣の名前を出したことはありません。ただ、交際している女性がいるのを理由に断っているので、僕の身辺を調べて麻衣だと予想をつけたのでしょう」
「興信所を使ったということですか?」
「・・・恐らくは」
「所長・・・」

 断られても興信所を使って調べ上げるということは相手に諦める気が無いということだ。今回は無事に済んだが次もこうだとは限らない。少々過激な女性なら暴力に訴えることもあるかもしれない。
 所長もまさかそこまでされるとは思わなかったのだろう。深々と溜息をついた。

「理解に苦しみます」
「ええ、でもそれが女心ってやつです」
「・・・・・・」

 この人は自分の価値というのを見誤っている。頭痛がするように眉間を揉む、そんな仕草ですら鑑賞に値するくらいの呆れた美形振りだ。男の自分でもこうなんだから世の女性陣が放っておく筈がない。所長の美貌にあそこまで無頓着でいられるのは谷山さんくらいだと思う。
 女性というものは所長の理解を遥かに超えて美形が好きで恋愛に命をかけている。甘く見ると痛い目をみるのは男の方だ。

「谷山さんはああいう性格ですから実害が無い限り言わないと思います。だからこそ注意が必要です。僕も出来るだけ注意しますから、所長も気にかけて差し上げて下さい」
「・・・こちらの方でも対策をとりましょう」
「お願いします。でも影で何かするだけでなく、ザッハトルテの他にアンナトルテを追加してあげるとか、ちゃんと分かりやすいようなフォローもして下さいね。谷山さんにはそういう方が嬉しいでしょうから」

 それには返事は無く、ため息のみかえってきた。

 明日は豪勢なお茶の時間になりそうだ。







END



ナルと麻衣の距離感て独特だと思います。それを見てる周囲の感傷(=私の感傷)。
こっからそろそろ動いていきますよー。

2011.2.23
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