「おやすみ」 |
「家主さま、質問です」 「何だ」 「この本棚全て作ったら私の寝る場所が無くなります」 「・・・・・・・・・」 私が泊っている小部屋にナルは本棚を壁一面に設置し、なおかつ空いてる空間にも5つの棚を設置しようとしていた。完全に書庫にするつもりらしい。どうも私が手伝うと決めてから購入棚を増やされた気がする。まだ組み立ててないのが2つも有る。これらの材料と積まれた本のお陰で日々私の寝る場所は狭まって行った。 あと二つの棚を組み立てたら完全に寝る場所は無くなる。そして今日組み上がってしまう予定だった。 贅沢な3LDKでも書斎・寝室・書庫と使えば空き部屋が無くなるのは当然だ。 「私、どこで寝ればいいでしょうか?」 「リビングで寝ればいいだろう」 「ひどっ!あんなオープンスペースでぐーすか寝て女の子の寝顔を晒せと!」 「お前の寝顔など見慣れている」 「それ問題発言!よそで言わないでよ!!」 「第一、寝室は一つしかないんだ。諦めろ」 「その寝室を譲ってくれるとか。ナルは書斎で寝るとか」 「何故僕が居候のために寝室を譲らねばならない」 「レディファーストの国で育ったんじゃないの?」 「生憎、レディが見当たりませんので」 「なにおぅ!」 「松崎さんが帰ってくるまであと3日だ。我慢しろ」 「むぅ・・・仕方ないか・・・」 ナルとはいえ一応男性が見える所でぐーすかと寝るのは抵抗がある。皆で雑魚寝するときもあるので今更だし、他に寝るところもないので麻衣は諦めるしかなかった。 *** 夜、ふと喉が渇き、リビングに出ると、芋虫もどきが転がっていた。 テレビとソファーの間に布団を敷いて麻衣は眠っていた。それはいい、問題は恰好だ。 (この女は慎みという言葉を知らんのか?) 麻衣は薄がけ布団を胸に抱き込み芋虫のような姿で寝ていた。ただし寝巻代わりのTシャツは捲りあがり背中は丸見え、ゆるいズボンを履いてるせいで足も剥き出しになり下手すると下着まで見えそうだ。寝顔だけは安らかで、へらりと笑っている。 (寝像が悪いから個室に拘ったのか?) その可能性は多いにありそうだ。事実その通りだったりする。 起こしてこの女性としてあるまじき姿を晒すのを止めるべきか否か一瞬考えるが・・・ (面倒くさい) 自分ならば見ても忘れる。見られたことに気づかなければ無かったことと同じだ。 そう判断し、見なかったことにした。 *** 次の日の夜も、麻衣の寝像は酷かった。 今度は布団からはみ出ている。しかも転がってソファにぶつかって顔をうずめている。息苦しいのか、「ううん・・・」と唸っていた。布団に戻らずフローリングの上では風邪をひくかもしれないし、唸っていられるのもうっとうしい。布団に戻してやったほうがいいだろう。 ひとつ溜息をつき、脇に手を差し込み持ち上げる。意識のない体は力が抜けて重いものだが、小柄な麻衣程度ならば問題は無い。 麻衣が熱を出した時も自分が運んだ。夏で薄着な分体温が伝わりやすく、抱えた体は熱いくらいだった。でも今は自分と同じくらい。やはり布団から出て冷えたのだろう。触れた素肌はひんやりとしていた。 布団に横たえ、掛け布団をかけてやる。その間全く起きない。平和そうにくーくーと寝息が洩れるのみ。呆れる寝汚さだ。 (・・・この分だと実験装置を装着されても気づかず寝続けそうだな) 一度調査中で寝ている状態の麻衣の脳波を調べてみたかった。特にジーンと接触している時にどう動くか興味がある。 麻衣は事務所でトランスの訓練をしても成功したためしがない。その分本番に強く、極限下の状態ではほぼ100%成功する。典型的な現場タイプだ。反面、実験には向かない。緊張して上手くいかずろくなデータが取れない。 でもこれだけ寝汚いのなら騙し打ちで実験しても気付かないだろう。今度調査に行くときに測ってみるのもいいかもしれない。 必要なのはジーンが現れそうな心霊現象現場、それも機材を好きなだけ運び込める屋内がいい。病院なら言う事ない。機材はfMRIか脳磁気計が望ましいが現場へは無理だ。光トポグラフィーくらいなら手配可能だろうか・・。 マッドサイエンティストは楽しそうに実験へ思いをめぐらせた。 *** 麻衣が居候する最後の夜、またもや酷い寝像をしているだろうと思ったが、予想に反して麻衣はダイニングテーブルでお茶を飲んでいた。現在夜中の1時、いつもの麻衣なら寝ている頃だ。 「ナルもお茶飲む?」 「ああ」 「ハーブティだけどいい?」 「構わない」 食器棚からティーカップを取り出しハーブティが注がれる。ごく薄い色がついたそれはリンゴの香りのような爽やかな香りがした。 「カモミールティーだよ。催眠効果があるんだってさ」 「眠れないのか?」 「うーん・・・、ちょっとだけね」 「明日は雨だな。涼しくなって丁度良い」 「なにおう!・・・明日でこの部屋ともお別れだなぁと思ったらしんみりしちゃっただけだい」 「もっとこき使って欲しいのか?」 「ご免こうむり!・・・そういうんじゃなくてさ、一人暮らしに戻るのがちょっと寂しいなぁって・・・」 「・・・・・・」 「一人暮らしのときは一人が当たり前だけど、二人暮らしから一人になるのは寂しいよね」 「お前と二人暮らしした覚えはないが」 「へーへー、そうですとも!どうせ私はただの居候ですよ!」 「分かってれば良い」 「・・・あのさ、冷蔵庫にラップ巻き作り置きしとくから食べてね」 「気が向いたらな」 「言うと思った!でも日持ちするのだから忘れた頃に食べても大丈夫!だから食べて!!」 「・・・」 「あとさ、ブルーベリージュースも冷蔵庫に入れといたから飲みなよ!目にいいんだよ!」 「そう」 「それに、それに・・・あんま夜更かしもしないでね」 「・・・なんなんださっきから」 延々と続きそうな小言を遮ると、麻衣は「えー」とか「あー」とか何かを言いたそうにしているが一向に言わない。痺れを切らして書斎に戻ろうと席を立つと、「待って!」と麻衣に呼び止められた。 「う・・・、その、二週間ありがとね。体調も良くなったし、助かった。それに楽しかった」 麻衣はいつもの能天気な笑顔ではなく、照れるようなはにかんだ笑みを見せた。 ぐずぐずと言い募るから何が言いたいのかと思えば、単に礼が言いたかっただけか。何故そんなに言い難かったのか。 (・・・そういえば、こいつは能天気な見かけの割に素直じゃなかったな) 麻衣は痩せ我慢も、意地を張るもの得意だ。 だから礼の言葉も何かを我慢して言ったのかもしれない。 その何かは、たやすく想像できる。 「もし・・・」 「ん?」 「・・・もし松崎さんのところが駄目だったらまた来ても構わない」 「ナル・・・・」 麻衣は口に出さなかったが、この状態が続けばいいと願っているのは明らかだ。 お節介で、寂しがり屋な麻衣。 この二週間の間、「おはよう」と言えば能天気に笑い、「ただいま」と言えば嬉しそうに笑い、「おやすみ」と言っても笑った。食事を一緒にとればしっぽを振らんばかりに喜んだ。誰かと一つ屋根の下にいる状態が嬉しいのだと全身で訴えていた。 でも期間限定だというのも理解していた。 だから、最後の夜は一人になる寂しさを誤魔化してぐずぐずと起きて僕に話しかけた。 そして礼を述べてこの状態が終わるのを惜しんだ。 麻衣との同居は思ったよりも面倒が無く、逆に便利なことが多かった。 これが論文締め切りで徹夜が続き、健康状態に関して煩く言われたら追い出したくなったかもしれないが、今回はそうはならなかった。 だから、夏くらいの間はこの状態が続いても構わない。そう思った。 僕の提案に、麻衣は大きな目を見開き瞬きし、破顔した。先ほどよりかは明るい笑顔だった。 「・・・ありがと。でもそこまでは甘えられないよ」 そう言ってまた笑った。ならばもう何も言うまい。 「最後話せて嬉しかった。おやすみ」 「・・・おやすみ」 翌朝、麻衣は大量のラップ巻きを冷蔵庫に残し、ナルの家から出て行った。 こうして二人の同居生活は終了した。 END |
ジーンの脳を調べたかったんなら、睡眠中の麻衣の脳も調べたいんじゃね?ジーンと接触してるときを測れば間違いない。んで良いデータ取られたら解剖したいと麻衣は虎視眈々と狙われるのさ。そんな博士の思惑を余所に麻衣は長生きするに違いない。麻衣が大往生するころにはナルもよぼよぼで手が震えて解剖できないのさ!んで解剖出来ないのにガックリきて次の日ポックリいくのさ!(ヲイ) 2011.2.21 |
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