二つの指輪

「では7月3日に」

 最後に日付の確認をして電話を切る。
 相手は英国でのスポンサーだった。今月末から来日するので直接会って食事がしたいという。日本の現象について話が聞きたいと言っていた。興味深いデータが取れることから上層部で日本支部が注目されている。パトロンから日本支部について説明を求められるのもこれが初めてではない。面倒だが快適な研究生活を続けるのに必要なことだ。我慢するしかない。幸い、このパトロンは見識豊かで会話するのに疲れない。それなりに敬意を持てる相手だった。
 ふと視線を上げると、所長ドアの隙間から中を伺う麻衣と目が合った。
「何だ」
「あ、ううん。お茶淹れるけど・・・いる?」
「ああ」
 そのどこかギクシャクした様子に多少の違和感を感じたが、言及するほどでもなく、すぐ手元の資料に意識を戻した。


 * * *


「ナル坊来るって?」
「ううん、聞かなかった。その日パトロンが来て会食する約束してるの聞いちゃったから・・・」
「そりゃまた・・・」
「間が悪いわねぇ・・・」
「ホントに・・・」
 麻衣の言葉に、滝川、綾子、安原は落胆の声を上げた。 
 7月3日は麻衣の20歳の誕生日だった。
 真砂子も7月24日に誕生日を迎え20歳になる。
 15歳の頃に出会った二人がとうとう成人する。仲間は二人の目出度い節目の日を皆で御祝いしたかった。ただ真砂子は誕生日当日は家族と過ごすので、麻衣の誕生日に皆で集まり二人分盛大に御祝いしようと計画していた。
 参加者は当然イレギュラーズに安原、しかもリンも参加するという。
 どうせなら御大にもお越し願おうと言いだしたのは滝川、なら彼女の出番ねと言いだしたのは綾子、渋る麻衣を笑って説き伏せたのは安原、そうして所長室に送り出されたのだけれど・・・。聞くまえに玉砕してしまった。

「彼女の誕生日を覚えてない上に仕事の約束入れるなんて最低ね!」
「仕方ないよ、ホントの彼女じゃないし」
「いえ、所長の場合、本物も仮も関係ないかと」
「だろうな。ナル坊にゃ覚えておこうという気すらないかもな」
「言えてる」
 散々な評価だが多分事実だ。
 ナルをこき下ろす面々を眺めながら、麻衣は小さくためいきをついた。
 渋々誘いに行く振りをしたけれど、ホントは少しだけ期待して行った。たまに食事を一緒にしてくれるようになったから、今回も付き合ってくれるだろうと。多分予定が無ければ、少しだけでも付き合ってくれたと思う。そっけなくとも「おめでとう」くらい言ってくれたかもしれない。
 でも・・・
「仕事なら仕方ないよねぇ・・・」
 麻衣はぽつんと呟いて、口実だったお茶を淹れに給湯室へ消えた。
 その寂しそうな呟きは、声は小さくとも大きくオフィスに残され、聞いた面々に波紋を残した。


 * * *


 夜景が美しいホテルの最上階レストラン。照明はテーブルの蝋燭と、通路側の照明のみ。夜景を邪魔せず、柔らかく暖かな明かりをテーブルに落していた。その明りのなかに浮かぶ白髪の老紳士と、金髪の淑女、そして黒髪の美青年の取り合わせは、幻想的で一枚の絵のようだった。 しかし、話す内容は幻想的とは程遠く、オカルティズムに溢れ、非常にマニアック、時に猟奇的な物も含まれていた。英語が分かるものが聞いたら眉を顰めただろう。
 そんな様子を露とも見せず、三人は優雅に談笑を続けていた。
『・・・本当に興味深い話だね。オリバーが日本に拘る理由がよく分かるよ』
『ええ、本当に興味深いですね・・・』
『ご理解頂けて幸いです』
 黒髪の美青年はナル、白髪の老紳士は支援者のバートン氏、そして金髪の淑女はパトロンの孫娘のシェリル嬢だった。バートン氏は有数の資産家でありながらSPRの会員でドリー卿とも親しく、昔からナルを支援してる人物だった。
 その彼が来日したので食事の誘いに応じた。指定された場所に赴けば、バートン氏の他に孫娘のシェリル嬢が同伴していた。歳の頃は同じか一つか二つ下、金髪で美しいと評してもいい女性だろう。シェリル嬢は頬を染め、明らかに意図を持ってナルを見つめてきた。不快なその眼差しに踵を返して帰りたくなったが、バートン氏の手前それもできず、会食は始まった。
 会食自体は普段同様、現在の状況、現在の論文の進行状況を一通り話し、それに加え日本の心霊現象とその特異性を説明した。若干食事には相応しくない内容も含まれるがいつものことだ。
 会食は終盤にさしかかり、残すはデザートのみ。
 そこでシェリル嬢が『ちょっと失礼します』と断って中座した。若干顔が青ざめていたことから気分が悪くなったのかもしれない。その原因が食事か会話内容かまでは分からない。
 その隙に問い詰めたくとも出来なかった問いをナルはバートン氏にぶつけた。
『同行者、それも女性がいらっしゃるとは伺ってませんでしたが?』
『すまないね、あの子がどうしてもと言い張って断り切れなかったのだよ・・・』
『ミスターの意思ではないと理解しても?』
『私に他意はない。・・・君が孫になってくれたら嬉しいが、あの子の手に負えるとは思えん。あれには普通の男と幸せになってもらいたい』
『同感です、ミスター』
 本当に断れずに連れて来ただけのようで安堵する。付き合いの長いバートン氏は研究以外に興味が無いというナルの性質をよく知っていた。
『時に、オリバー。こちらで意中の女性を見つけたと言うのは本当かね?それが本当なら君を知ってる我らにしてみれば、日本の心霊現象以上に興味深い。どういう女性なのかな?』
『その話をご存じでしたら何故お孫さんをお連れになったのです?』
『私はあの子に弱いんだ。話したが諦めきれんらしい。夢を見るのは自由だしな』
『・・・・・・』
『で、どんな女性だ?』
『ご想像にお任せします』
『やっぱりヤマトナデシコなのかね?』
 興味深々といった顔で実に楽しそうに見つめられた。この紳士がこのような顔をするのは初めてで少し驚く。人の恋愛事情とはそんなに興味深いものだろうか。少しは話さないと引いてくれそうにない。渋々、麻衣について語ることにした。
『そうですね・・・大和撫子・・・とは程遠いですが、そう言えなくもないかもしれません』
『どういう意味だい?』
『例えば、誕生日を忘れても怒りません。忘れて仕事の予定を入れたとしても、それを主張せず黙って受け入れる。僕を責めたりもしません。僕が知ったのもお節介な彼女の友人からでした。そのように控えめで黙って耐えるところは大和撫子と言えなくもないでしょう』
 普段の所作は大和撫子とは程遠い麻衣だが、妙なところで慎み深い時がある。自分の信念に沿って主張するときは手がつけられないほど強情なくせに、自分の我侭などに関しては遠慮して殆ど主張しない。欧米女性には少ないタイプだ。
『信じられんな。我が家でそんなことがあったら手がつけられんほど怒り狂うぞ。本当に全く怒らないのかね?』
『多分、明日にでも食事を強請られるでしょう。それで終了です』
『明日?』
『はい、アレの誕生日は今日ですので』
『オリバー・・・、言ってくれれば日にちをずらしたものを…彼女は寂しがってるだろうに…』
『それには及びません。彼女は友人とパーティを開いてるらしいので』
『それなら余計行かないと。彼女は誰よりも君に祝ってもらいたいはずだ』
『そうでしょうか。誕生日などそれを無事迎えただけで十分だと思いますが?』
『その答えは彼女から聞きなさい。…やはり君はシェリルには荷が勝ちすぎるようだ』
 バートン氏に『ここはもういいから早く行ってやりなさい』と急かされて、レストランを後にした。
 正直なところ、この後に余計な誘いをされないように麻衣の誕生日のことを話しただけだ。それが会食途中で帰されるほど効果があるものだとは思わなかった。

 レストランを出て、下の階に向かう。
 実は彼女の誕生パーティは同ホテル内のレストランで行われていた。ぼーさん達が僕が来やすい用にと気を利かせたつもりらしい。
 二人の誕生パーティは午後7時から11時までだった。現在は10時、皆それぞれ飲んでいる頃だろう。酒の席は苦手だ。騒がしい連中が更に煩くなる。そんな場所にわざわざ行くのは苦痛だが、行かなければ更に面倒なことになる。

 ぼーさんは「来なければうちの娘との交際は許さん!」と訳のわからない主張をし、松崎さんは「来ればサイテー彼氏からちょっと駄目な彼氏くらいになるんだから来なさいよね!」と理屈に合わないことを言い、安原さんは「来て下さいますよね?でないと…ちょっと考えさせて頂きます。イロイロと」と脅しともとれる発言をし、ジョンは「お待ちしておりますです」と彼らしく微笑んだ。 リンでさえも「谷山さんと原さんのために、お願いします」と彼らしくなく訴えた。

 それらに心動かされたというより、その後の面倒を思うと出席した方が無難だと判断した。
 エレベーターに乗り込み、指定された階へ向かう。エレベーターから出て、夜景の見える廊下を渡った突き当りらしい。目的階について扉が開いた途端、夜景が目に入った。なるほど、わかりやすい。
 このまま真っ直ぐ行けばいいのだろうと足を進めると

「ナル!」

 聞き慣れた声に呼ばれ、振りかえる。やはり麻衣だった。彼女は嬉しそうに喜色満面の笑顔で近寄って来た。
「もう会食終わったの?」
 だからここにいるというのに無駄な質問をする。
 嬉しそうに笑顔で聞いてくる顔はいつも通りだったが、その頬は少しばかり紅潮していた。どうやら酒を飲んでるらしい。20歳の飲酒解禁記念か。
 恰好もいつもとは違っている。白い透かしレースがあしらわれたワンピース、それに合わせて髪もいつもと違う形を作っている。視線もいつもより高く、ヒールを履いてるようだった。総じてパーティ向けの格好と言える。松崎さんあたりがお節介をやいたのだろう。
 僕の視線に気付いたのか、麻衣は慌てたように言い繕った。
「このワンピースね、綾子のプレゼントなんだ。えとその…変じゃない?」
 観察されて不備を心配したのかもしれないが、別に変だと思い観察したのではない。仕事に不向きだがこの場所に相応しいTPOに合った格好と言える。『馬子にも衣装』という言葉が頭を過るがそれは言わずに置く。
「別に変じゃない」
 そう言っただけで褒めてもいないのに、麻衣は「エヘヘ」と嬉しそうに笑った。どうやら飲酒で普段よりテンションが上がってるようだ。麻衣ですらこうなのだから他の面々は更に酷いのだろう。このまま踵を返して帰りたくなる。
「真砂子も皆も待ってるよ、早く行こ!」
 げんなりとした僕の心情を察知したのか、麻衣は逃がさないと言わんばかりに腕を掴まれた。腕を組まれ体を密着され、軽く硬直する。自分から触る分には心構えがあるから問題ないが、急に触られるのは未だに苦手だ。いつもの麻衣ならすぐ気付いて離れるだろうに、酔った彼女は気付かずそのまま腕を引かれて進んでいく。そもそも普段は密着しない。
 腕に柔らかい感触と、自分より熱い体温。
 アルコールと、柔らかな甘い香り、・・・麻衣の匂いだ。
 慣れた臭いというのは警戒心を緩ませる。ふとガードが緩み、彼女の表層意識が少しだけ流れ込んでくる。
 それは言葉で伝わるのではなく、感触に近い。流れてきた感情はシャンパンの弾ける泡のような感触だった。あえて言葉にするなら『嬉しい』『楽しい』とでも言うだろうか。警戒してガードするのが馬鹿馬鹿しくなるような、無邪気な子供のような感情。そんなものは読むまでもなく麻衣の顔に書いてある。
 軽く息を吐いて力を抜く。
 この能天気な感情には逆らい難く、腕を抜くのを諦めた。
(逃れられそうにないな…)
 溜息をついて、引かれるまま麻衣について行くと…

『オリバー!』

 再び、背後から名前を呼ばれた。
 聞き覚えのない声に無視しようとしたが、麻衣が立ち止り振りむいたので自然と自分も振りむくことになった。
 そこにはシェリル嬢が立っていた。何故彼女がここにいるのか、僅かに眉をひそめて彼女を見つめると、シェリル嬢は頬を染めて、俯きながら口を開いた。
『…その、急に帰られたものだから御挨拶もできなかったので…』
『次の約束があるのを知ったバートン氏がお許し下さったのでお言葉に甘えて中座させて頂きました』
『はい、聞きました。その…彼女とお約束なさってたんですね』
『ええ』
 正確には違うがそういうことにしておこう。
『…彼女が噂の恋人ですか?』
 彼女は僕と麻衣に視線を彷徨わせながら、何か苦いモノをこらえるように顔を歪めて聞いてきた。
 偶然にも僕と麻衣は腕を組んでいる。これを見れば分かるだろうに、何故わざわざ聞くのか。これが本当の恋人同士なら無粋極まりない質問だ。
 なのに聞いてくるということは、否定されるかもしれないと希望を持っているからだろう。何故希望を持つのか、麻衣を見て見くびったか、余程自分に自信があるのか、根拠もなく希望を持ってるだけなのか、そこまでは分からない。ただハッキリ分かるのは、今ここでその希望を捨てさせなければ、また面倒な事態が起こるだろうということだ。
(面倒だ…)
 小さく溜息をついて、肩口にある亜麻色の頭に視線を落とすと、大きな茶色の瞳とぶつかった。麻衣は展開についていけないと不安そうな色に揺れている。アルコールのせいか普段より潤み、赤みを帯びている気がした。

 ふと、その瞳は、彼女の淹れる紅茶と同じ色だと、気付いた。

 その色に誘われるように、頭がさがる。麻衣の小作りな顔に手を添えて、少し持ち上げた。そしてその小さな唇に、軽く触れるだけのキスを落とす・・・。
 そのまま麻衣の後頭部を掴んで顔を胸に押しつける。
 小さく「ぐぇ」というくぐもった声が聞こえたがシェリル嬢には聞こえなかっただろう。余計なことを言わない為に口を塞いだだけだが、僕が麻衣にキスをして抱き寄せたようにしか見えないはずだ。
『今日はコレの誕生日でして…もう失礼しても?』
 そう言って含むように微笑み、胸にある亜麻色の頭にまた一つ、キスを落とした。
 シェリル嬢はたちまち顔を泣きそうに歪めて、『お邪魔しました』と小さく零して立ち去っていった。その声が泣きそうに揺れていたが僕には関係ないことだ。

 彼女の姿が見えなくなったところで、麻衣の頭を解放してやる。案の定、顔を真っ赤にして大きな口を開けて盛大に文句を言い始めた。
「あ、あんたね!何すんのよ!!!それも人前で!!」
「人前でやるから意味があるんだ」
「そういうことじゃない!しかも私に何の断りもなく…」
「断れば良いのか?」
 意味ありげに笑ってやると、麻衣は更に真っ赤になって絶句した。
 これ以上の問答は面倒だ。ぼーさん達にこのことを知られたらもっと面倒になる。リンのお説教も御免だ。さっさと用事を済ませて退散したほうが良いだろう。

「麻衣、手を出せ」
「え?」
 条件反射のように出された両手に、赤いリボンが巻かれた白い小箱を落とす。

「Happy birthday , for you」

 麻衣でも分かる簡単な英語で言ってやると、麻衣はポカンと馬鹿みたいに大口を開けた。こんな単純な英語なのになかなか頭に浸透しなかったらしい。数秒後やっと「うえぇ??」と奇妙な歓声を上げて信じられないとと言うように手の中の小箱と僕を交互に見つめた。
 その間抜け面を鼻で笑い、もう一つの箱を落とす。同じ白い箱だがこちらはブルーのリボンが巻かれている。
「こちらは原さんの分。僕はもう帰るから渡しといてくれ」
 そのまま返事を待たずにエレベーターへ向かう。
 麻衣が「ちょちょっと、ナル!?」と叫ぶ声が聞こえたが、無視してエレベーターの開閉ボタンを押してドアを開ける。エレベーターに乗り込む際に、僕を追いかける麻衣が見えたが、気にせずエレベーターのcloseボタンを押す。もう義務は果たした。帰って仕事がしたかった。



 * * *



「…ナルがあたくしに?」
「うん、『原さんに』だって」

 麻衣は皆にナルが来てプレゼントだけ渡して帰ったことを伝えた。もちろんキスされたことは内緒だ。
 軽い触れるようなキスだったし、あの金髪美女を諦めさせるための演技だと分かってる。何もファーストキスじゃなし、そう騒ぐことでもない。あの時は怒鳴ったが本当に怒ったわけではない。ただ、ただ意外だった。
 そう思いつつも、顔が赤くなるのは止められない。
 あの、ナルが人にキスするなんて今でも信じられない。あの綺麗な顔が近寄り、自分の唇に触れたのだ。嬉しいとかそういのじゃなく、恥ずかしい。思い出すだけで顔が赤くなる。
「何赤くなってんのよ」
「な、何でもない!」
 綾子に指摘されたが理由を答えることなんか絶対出来ない、首を振って否定する。怪しむような顔をされたけどそれよりも箱の方が気になるようだ。追及せずに箱を指さされた。
「プレゼント開けてみなさいよ」
「おお、あのナルちゃんが選んだ物ってのが気になるな」
「アクセサリーっぽいですね」
 皆に急かされて、二人してプレゼントのリボンをほどく。包装紙からベルベットの小箱が現れた。やはりアクセサリーのようだ。
 あのナルからのプレゼント、ドキドキしながら、箱を開けた。

「あら、可愛いじゃない」
「ほお」
「やるじゃん」
「キレイでおますね」
「……」
 皆がそれぞれの感想を漏らすなか、麻衣は声も無く指輪を見つめた。

(キレイ…)

 箱の中は、小粒のルビーの指輪だった。
 ルビーは明るく濃いめのきちんとした宝石で、ルビーにピンクゴールドの可愛らしい色の組み合わせだが、シンプルで甘すぎないデザインだから普段遣いもできそうだ。少女がつけても大人の女性がつけてもおかしくない品だ。20歳になって大人の仲間入りをしたの女性が、本物の宝石を身につける手始めとして相応しい品かもしれない。

「真砂子とお揃いだね」
「ええ」
 二人は同じデザインのリングだった。ただし、真砂子のはピンクではなく通常のゴールドだった。
「誕生石を選ぶなんてナル坊にしちゃ上出来だ」
「ナルがどういうふうにして頼んだか目に浮かぶようだわ」
「『7月生まれの20歳の女性向けのプレゼントに適当なものは?』って聞いて出された品物で一番シンプルなのを選んだってとこでしょうか」
「ナルは宝飾品に興味はありませんが、趣味は悪くないですから」
「二人に似合いそうですね」
「つけてみなさいよ」
 綾子に勧められて、恐る恐る指輪を手に取る。
 実はちゃんとした宝石を身につけるのはこれが初めてだ。今までもらったことがあるのは、普段からつけやすいシルバーリングや小さい石が入ったカジュアルアクセサリーの域を出ないものだった。このように見るからに宝石というのは初めてで、少し緊張する。
 ドキドキしながら右手の薬指にはめてみた。
(・・・に、似合う、かな?)
「よう、お似合いです」
 ジョンに微笑まれて、嬉しさがじわじわと広がる。

 あのナルからのプレゼント。
 いつもの義務感でくれた物だと分かってるけど、純粋に嬉しい。
 だって「おめでとう」の言葉くらいは期待してたがプレゼントまでくれるとは思わなかった。
 突然キスされて、突然プレゼントを渡された。
 少し腹が立つサプライズとすごく嬉しいサプライズ。
 プラスマイナスで言ったら明らかにプラスの方が大きい。キスを不問にしてあげるだけじゃ足りない。ちゃんとお礼が言いたかった。
 でも素直にお礼を言っても聞いてくれるナルじゃない。

 それならば

(明日はこの指輪をはめて、うんと美味しい紅茶を淹れてあげよう)

 そう決めた。
 指輪をはめた手をかざしてみると、ゴールドとルビーの光が柔らかに輝いていた。







END


バレンタインを意識したせいか妙に甘くなった気がします(笑)
バートン氏は捏造です。ナルちゃんにしては丁寧な対応なのは、最終巻の「猫を被ったらもっととれるかもな」のセリフに、ちっとは猫を被る方法を覚えたのではないかと思いましたからです。あと敬意を払える良いお爺ちゃんだから。

2011.2.14 →2.15修正
× 展示目次へ戻る ×