彼女の印象 |
初めての印象は 『 面白い 』 だった。 『懐かしい』にも近い。久々に見る目だった。 良くも悪くも、自分の容姿は端正だ。片割れの顔を見て自分がそう思うのだから、趣味が悪ければ別だが、まともな趣味の他人は余計そう感じるだろう。 街へでればあちこちから余計な視線が来る。時折『スカウト』と呼ばれる胡乱な連中も寄ってくる。 面倒なことも多い顔だが、パトロンをつけるのには多いに役立った。 誰しも見眼悪い者より、良い方へ好意を抱き、興味を持つ。この顔と能力で道化を演じて気前のよいパトロンを寄せ集めた。目的のために使えるものは何でも使う。この顔は利用価値がある資源であってそれ以上でもそれ以下でもない。僕にとってこの顔はその程度の認識だ。 『端整』と評価するのは分かるが、それに情動が連動しするのが不思議だ。 僕の顔を見て顔を赤めたり、挙動不審になる理由が全く分からない。 外見で他人を判断することは愚かとしか思えない。 ダウンタウンにいた時は、見目の良い子供を攫うために優しい顔や言葉で近づく相手に警戒するのが当然だった。 孤児院の補助金を着服し子供達を苛めてた院長や職員は対外的にはとても優しげな仮面を装っていた。養子に迎えようと来た養父母候補たちも優しげな顔で近づいてきた。その仮面の下は卑しい思惑に満ちたおぞましい者もいた。そういう時は石を振らせて追い払った。 外見に騙されたら碌なことにならない。 外見に惑わされない警戒心が無くては生きていけない。 孤児院にいた子供達はそういう現実をよく知っていた。 しかし孤児院を出た途端、容姿が重要視されるようになってしまった。 顔や体、服装、そういうもので人をランク付けし、それに情動が連動させる。 成長するに従いますますその傾向が強くなった。 そんな周囲を愚かだとしか思えなかった。 とはいっても、それに付随する面倒事は全てジーンが引き受けていた。 容姿、才能が同程度なら、性格の善し悪しでランク付けするしかない。誰しもより良い方へ関心が傾くのは当然だ。周囲の人間の関心はジーンへ向けられた。お陰で煩わしい面倒事に巻き込まれることなく、僕はジーンの影に隠れるようにして穏やかな研究生活に埋没することができた。 ――――――、日本に来るまでは。 ジーンがいなくなり、面倒事が増えた。 比べる相手がいないと次点だった僕は頂点になってしまった。頬染め近寄ってくる女性が後を絶たない。普段は無視すれば済むことだが仕事となるとそうもいかない。時にはジーンの真似をする。幾分か顔を和らげて話しかける必要がある。 あの時も面倒だと思いながらも情報収集のために、ジーンの真似をして現場で怪談をしている女性達に話しかけた。 そして思った通りの反応だった。 ―――――― 麻衣以外は。 僕を見る女性達の中で、麻衣だけが違った。 『コイツは要注意!』と顔に大きく書いて、警戒心に満ちた目でこちらを見ていた。 その眼差しは、幼少期によく見たものだ。 敵か味方か測っている眼差しだ。 結果、敵とは思えないが得体のしれない相手だと認識されたようだ。逃げはしないが距離を置こうとされた。何の目的か分からず近づいてきた相手に対しての反応として正しい判断だと言えよう。 僕からすれば至極当然の反応で、悪くない判断に興味を持った。 話を聞きたいだけで疾しい下心がある訳じゃないと不愉快に思う前に『面白い』と思ってしまった。 顔の美醜に関する趣味が特殊なのか、後で確認したら趣味が悪いわけでもないらしい。容姿の美醜と、情動は連携しない性格のようだ。 そして馬鹿なくせして勘が良い。 こういうタイプなら素人でも支障にならないかもしれない。 調査にしろ雑用にしろ、人手が不足してたが下手な人間を雇うわけにはいかなかった。 特に現場は危険がつきまとう。 現場責任者としては依頼人と調査員の安全を最優先に考えなくてはならない。 人を雇うのは面倒だが今回のような場合もある。予備としてもう一人は欲しかった。 麻衣が猫の手くらいにはなるかもしれないと思うのに、そう時間はかからなかった。 * * * 応接間でお茶を飲んでいたら、突然麻衣が「私を雇おうと思ったきっかけって何?」と聞いてきた。面倒だと思いつつも隠すことでもないので、境遇のこともあったが初対面での印象が決め手になったことを話してやった。 「へぇ、じゃあ私がバイトに誘われたのって『勘が良くて、警戒心が強い』からだったの?」 「ああ。危険がつきまとう仕事だからな」 「なるほどね~・・・納得したかも」 麻衣はティーカップを両手で持ち「ふむふむ」と呟きながら頷いていた。 その様子は幼く、出会った時と変わらない。あれから4年も経つが未だに高校生に見える。自分は背が伸びたが麻衣は小柄なままだ。髪が伸びたり大学生らしい服を着用するようになり、多少女性らしくなったような気もするが、天真爛漫な様子は同じなのでいつまでも変わらないように見える。 「私の境遇に同情してくれたにしても、現場でこき使うなら男の子の方が適してるでしょ?機材重いし。だから何でか不思議だったんだ」 「何故今更?」 「あれから4年だな~と思ったらふと気になったの。前はもっと秘密主義で聞くに聞けなかったしさ」 「そんな遠慮深いようには見えませんが?」 「うるさいやい、乙女心は複雑だったんだよ」 「ふうん?」 麻衣がナルに恋していた頃は特別な理由があるのではと期待した。でもナルの性格上、逆の可能性もあるわけで聞くのが怖かったのだ。恋していた相手がジーンと分かった今は平気だけれど今更すぎて聞く機会がなかった。 昨日たまたま恵子と会って旧校舎のことを話していた。そしたらあの時の疑問も思いだし、尋ねる機会をうかがっていた。お茶を催促にきたナルが比較的暇そうにしてたのでここぞとばかりに聞いてみたのだ。 「私がセンシティブだったのは予想外だったんでしょ?」 「ああ」 「へへー、じゃお得だったね」 「半分以上意識して出来ない癖に?」 「むっ、前よりかはマシじゃんかッ!」 「暴走癖があるのでプラスマイナスゼロだ」 「うっ・・・暴走してもいつも大丈夫じゃんか」 「結果論にすぎない」 「はーい・・・」 麻衣は不服そうに軽く頬をふくらませた。 毎回暴走している自覚はあるけれど、第6勘に突き動かされるように体が動いてしまうのでどうしようもないと言う。 危険だし後を追うのが面倒だが、不思議と結果としてマイナスになったことがない。これも野生の勘のお陰かもしれなかった。 責任者として注意するがあえて矯正するつもりはない。野生動物に野生の勘がなくなったらお終いだからだ。 概ね僕の予想からは外れなかった。 あれから4年経った今では猫の手よりは役に立つ調査員になった。 でも人間レベルにはまだまだだ。 「お代わり」 「はーい」 それでも、紅茶を淹れる腕前だけは人並みと認めてやってもいいだろう。 END |
同情だけで動く御仁じゃないよなーと思って。 2011.2.8 |
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