母のスタンス

 麻衣に新しい彼氏が出来たらしい。
 それは別に驚くことじゃない。ただちょっぴり周期が早いのが気になった程度。けれど今度の相手があの”ナル”だって聞いて飲んでた紅茶を吹きだしてしまった。
 でもすぐに『振り』なので本当の彼氏ではないと言われ、それなら有り得ると納得した。無駄に驚かされたお礼にその良く伸びる頬をひっぱってあげた。

 この一年で身長が伸び、美少年から美青年に成長したあの博士様に見合い話が舞い込むようになったとは聞いていた。
 それもこの三カ月ほどは頻繁で、事務所にお茶に来て「見合い写真が来てナルの機嫌が極悪なんだよぅ・・・」と麻衣に零されてとばっちりを受ける前に帰ったことが何回もある。
 あの嫌がりようなら対抗策として似合わない『恋人がいる』宣言をしてもおかしくない。そんな嘘がどこまで通用するか微妙だけれど、あのナルがそれくらい切羽詰まっていたのかと笑ってしまった。

 でも何で麻衣?

 何で?とも思うけど、ひどく納得もした。
 その役を私や真砂子に頼むはずはない。そこまでプライベートな付き合いをしていないし、洒落にならない。
 麻衣なら普段からこき使ってるから気ごころもしれてるし、ナルに本気になる心配もない。納得の人選だ。


 麻衣がナルの彼女役を引き受けたことに少しばかり安心している。
 麻衣は最初の彼氏以外は短期間で付き合って別れてを繰りかえしている。これは余り良いことではない。新しい彼氏が出来るたびに紹介してもらってるので、それなりに良い子達なのは知っている。彼女に悪影響を与えるような子たちではなかった。
 家族のいない彼女は細やかな家族の情愛に飢えている。
 初めての彼氏はそれを埋めてくれるような細やかな気配りを見せる子だった。お似合いだと思った。
 でも別れてしまった。
 まだ19歳の彼女に『付いていく』という決断は出来なかっただろう。仕方ないと思う。
 でも別れたせいで、寂しがり屋の彼女は寂しくさを埋めるように次の子と付き合い始めた。麻衣の寂しさに付け込まれたともいう。それは悪いことじゃないけれど、それを繰り返していると心が麻痺してしまう。寂しいと好きの区別がつかなくなってしまう。麻衣に限って擦れることはないと思うけど、自分の心に鈍感になってしまう可能性はある。そんな風になって欲しくなかった。
 そんな、麻衣にとって彼氏を作れない状況は良いことのような気がした。 



 オフィスで見る二人には全く変わりがないように見える。
 いつものごとくナルは仕事馬鹿で、麻衣は時にナルを叱りつけながらちょこまかと仕事していた。
 この4年見慣れた光景だ。
 でも全く同じとも言い切れないことがたまにある。


「あらやだ、麻衣、あんたピアス片方無いわよ?」
「え、嘘!」
 渋谷の買い物帰り、いつものごとくお茶をしに事務所に訪れた。出迎えてくれた麻衣の左耳にピアスがないのを指摘してやると、麻衣は慌てて両耳を押さえて確認した。
「うえ・・・ホントだ。どこで落としたんだろう・・・」
「大学じゃない?」
「だったら絶望的だぁ~見つかりっこない」
 麻衣が「お気に入りだったのになぁ~」とぶつぶつ呟いていると、思わぬところから声が掛った。

「洗面所」

 何とソファでリンと話しながら資料を広げていたナルだった。
 いつの間にか麻衣は時折ナルの家に行くようになったらしい。
「あ、じゃあ昨日ナルんとこで落としたんだ。良かった~!」
 麻衣はわーいと喜んだのも束の間、ナルに向かって抗議する。
「事務所で会うの分かってたんだから、持って来てくれれば良かったのに」
「冗談、成人男性が頬を染めてピアスを買うなどという気色悪い映像を見せられるのは一度で十分だ」
 ナルは心底嫌そうに「触った途端放りだした」と言い捨てた。
 持ち主は麻衣なのに、プレゼントの贈り主の思念の方が強いのかそちらのほうが視えたらしい。優秀すぎるのも考えものだ。
「あ、そういえばコレってプレゼントだったっけ」
「そんなもの人の家に忘れるな」
「ごめんごめん。でもこれお気に入りなんだよねー」

 ・・・コレは、聞き様によっては
『今の彼氏の自分の前で、前の彼氏から貰ったものを身につけるな』
 とも聞こえる。
 ナルに限ってそんなことはないんだけど、ちょっと悪戯心が芽生えてしまう。
「そんな他人のプレゼントに触るのが嫌なら、ナルがプレゼントすればいーんじゃない?『振り』とはいえ、『彼氏』なんだし?」
「その必要性を感じません」
「あぁら、来月は麻衣の誕生日でしょ?彼氏いたら当然何か貰えるはずよね。それがナルに協力してるせいでいないんだから、責任とってお礼にプレゼントくらいするのが当たり前だと思うけど?」
「………」
 厭味ったらしく言ってやると、ナルは思いっきり眉をしかめた。
「麻衣、あんたにしつこく言い寄る男がいるんでしょ?虫除けに指輪でも買ってもらいなさいよ」
 結婚指輪に見えない指輪を左手の薬指にはめると彼氏がいるというアピールになる。麻衣に彼氏がいたときは右手の薬指によく嵌めていた(左は恥ずかしかったらしい)。今の麻衣薬指には何も嵌められていない。目ざとい者はそれに気付いて誘いをかけるらしい。
 仲間の贔屓目抜きにしても麻衣は可愛らしいと思う。昔は子供っぽさが目立ったが、彼氏が出来るようになってからはスカートをはく回数が増え、化粧も上手になりずっと女性らしくなった。それに加えて人好きのする明るい性格。フリーになったら周りの男が放っておかないだろう。
 事実そうらしい。告白まではいかないけれどよく食事に誘われるようになったと聞いている。しつこいのがいて困るとも言っていた。
 指摘すると麻衣はちょっと困ったような顔をした。困ってるのは事実だけれどナルに買ってもらうのは抵抗がある・・・、そんな感じの顔。
「前の彼氏と別れて二月は経ってるし、そろそろ新しい彼氏が出来たと周囲にアピールしといたほうがアンタも楽でしょうが」
「そうなんだけど・・・」
「アンタろくにアクセサリー持ってないんだから、虫除け用にナルに買わせればいいのよ、今彼氏いないのナルのせいなんだから」
「綾子ぉ・・・」
 睨みあう私とナルの間でおろおろしている麻衣は情けない声を上げた。
 ナルは私から視線を外し、麻衣に視線を送る。『欲しいのか?』と目で聞いているのだろう。麻衣はぶるぶると首を振って否定する。
「いいいいい、いらないからね!ナルなんかに貰ったら後が怖いもん!!」
 仮にも彼氏に対して随分な言い様だと思うけど、ナル相手なら仕方ない。高価な物なんて貰った日にはどんなことをさせられるか分かったもんじゃない!、そう麻衣は言いたいのだろう。
 そんな麻衣の様子にナルは口を開きかけ、やめた。そして溜息をついて仕事を再開した。
(ふふん、勝ったわね)
 言質はとれてないけど麻衣に何かしらプレゼントするだろう。忘れなければだが。
 ナルにとって『気配り』は自動的に不要なカテゴリに仕分けされるくせして、『責任』や『義務』は無視できないものらしい。結構生真面目な博士様なのだ。

 ふと視線を感じて目を向けると、穏やかに笑ってるリンと目があった。
 堅物で過保護な保護者は麻衣と本当の意味で『お付き合い』をはじめて欲しいと思ってるらしい。私の発言はその援護射撃ととられたようだ。
 それに溜息で答えて肩をすくめる。

 私はナルが麻衣にとって相応しいとは考えられない。麻衣の幸せを考えるなら、もっと家庭的で優しいタイプが相応しい。ナルと付き合うなんて苦労するに決まっている。どうせなら少年か坊主あたりと結ばれてほしい。とても賛成は出来なかった。
 でも気がつくと麻衣を援護するネタでナルを弄ってる自分がいる。
 プライベートなんか立ち入る隙がなかったナルだけど、今回のことで『駄目な彼氏』という隙ができた。関係を解消されたくないナルの方が立場が弱いに決まってる。このチャンスを逃す手はない。勝率は二割あるかないかだけれど今までが今までなので十分だ。二人の関係が解消されるまで遊ばせてもらおうと思う。
 本当に恋人同士になってしまったら、気軽にからかうなんて出来なくなる。
 仮の彼氏だからこそ、妹の姉貴分として弄れるのだ。本気だったら報復が怖くてとてもじゃないが気楽に弄れない。そのときは本気でナルに意見するときであって、ガチんこの喧嘩腰になるだろう。
 できればそんな時は来て欲しくない。


 麻衣との仲は認められないけど

 こうしてナルをからかえるのは楽しい。

 そんな私のスタンス。





END


(仮)だから弄れるし、隙が産まれる。ナルに隙が出来たら弄って弄って弄り倒したい。まどかさんは日本に来たがるだろーなー。

2011.2.8
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