彼女の条件

 本国から一通の封筒が届いた。
 社交界で自分を見初めたとかいうどこぞの令嬢の見合い写真らしい。いずれも封を開けずに処分されるのだから送料の無駄でしかないのに、毎月何通も送られてくる。電話での打診はその倍以上だ。昨年あたりから身長が伸び、成人して心身ともに大人の仲間入りをした影響だろう。年末に帰国してから格段に増えた。

 社交界に引っ張りまわされて寄席芸人になるのはいい。それで出資者が増えるなら我慢する価値はある。
 だがそのせいでこんな事態を招き寄せてしまったのは大変不愉快だ。

 昔はこうではなかった。
 社交界というものは家柄出自に財力が全てで、それに当てはまらない子供の自分への関心は薄かった。
 毛色の違う芸達者な珍しい動物を愛でる程度だった。

 それが成長し見目が良くなり、博士号をとり社会的に認められ始めた途端、鑑賞動物は実は人間だったと気づかれてしまった。こんな面倒があるなら鑑賞動物のままで結構だ。カボチャにどう見られようが一向に構わない。

 だが社交界で見初めただけならまだいい。厄介なのは僕の能力に目をつけた連中だ。

 能力者を多く排出する家系があることから、超常能力は遺伝性があると言われている。能力者の家系と僕を婚姻させようと言いだした連中がいるらしい。おぞましくも能力者のサラブレッドを産みだそうというのだ。

 僕の力は破格だ。突然変異に近いだろう。こんな力を持つ者がそうそう産まれるはずがない。
 もし産まれたとしても、子供が望まない限りは被験者にするつもりはない。マッドサイエンティストと称される自分とはいえ、子供を実験動物にしないくらいの倫理観はある。
 昔の僕が被験者となったのは自分の能力を知り折り合いをつけるためであって、研究のための奉仕精神とは皆無だ。
 第一、連中は本当に被験者を求めているわけではない。彼らはもっと魔法を見たいと駄々を捏ねる子供と同じであって、研究者の意見としては程遠い。そんな馬鹿らしい連中の思惑に乗るつもりは全くない。

 幸い、僕個人のパトロンは理解者が多く、このような下世話かつ下らない話を持ち込むような手合いはいない。
 だが問題はSPRの団体へ寄付している連中だ。
 特に重鎮連中と懇意にしてる連中が厄介だった。SPR上部から手を回されれば断るのに気を使わねばならないし、時には断り切れず相手と会わざるえないこともあった。その経由で僕個人へのパトロンへ手を回されることもあった。

 僕は誰とも結婚などするつもりはない。見合いなど全て断っている。
 なのに相手の『容姿』『能力』『頭脳』『家柄』『財力』を理由に、会えば心変わりするかもしれないとゴリ押ししてくる。
 だがそれが何になると言うのか。
 僕には女性の容姿を鑑賞する趣味も、研究以外の会話を楽しむ性格でも、被験者を探してる訳でも、貴族になりたい野心も、パトロンに困っているわけでもない。
 僕にとっては意味のない釣書きばかりだ。

 いざ会って、頬を染め纏わりつくような視線で見つめられるのは不快以外の何物でもない。
 身を寄せられれば嫌悪感に身が竦む。 
 拷問ともいえる苦痛な時間を過ごした後に断りをいれると、彼女らは僕を一方的に非難するか、泣いて情に訴える。どちらも醜いの一言に尽きる。

 見合いを打診されるのも、させらられるのも、全てが僕にとって時間の無駄でしかなく、こんなことに煩わされるのは酷く不快で消耗することだった。

 『反吐が出る』『糞くらえ』

 見合いの話がでるたびにそんな暴言を吐きたくなる衝動にかられる。



 * * *




『ナルに恋人でもいれいいんだけどねぇ…』

 と言い出したのはまどかだ。
 そんなものを作るつもりがないから苦労してるのに馬鹿なことを言う。

『上の連中も貴方の性格と能力、そして過去を知ってる人は出来れば断りたいのよ。相手が納得できる理由があればそれを口実にさっさと断ってるわ』

 それであの連中が大人しくなるとは思えないが、断りやすい状況を作るというのは考慮に値する。サー・ドーリーなど理解のある人々には効果的だろう。
 この煩わしいことが少しでも減るなら試す価値はある。

 結婚相手として相応しくないと判断される状況は主に三点だろう。
 1、異性を愛せない。
 2、身体、特に生殖機能に異常がある。
 3、既に配偶者か、それに準じる相手がいる。

 1はその通りなのだが、真正の同性愛者ではないので説得力は低いだろう。
 2は生殖活動への欲求が皆無なのは僕の精神上の問題であって、身体上は問題は無く健康体だ。一瞬偽の診断書を用意することも考えたが、不名誉な偽証を知られたらマーティンは黙っていないだろう。彼は法学者だ。
 3はもちろんいない。

 生憎どれも当てはまらない。となると、3しかない。3なら誰かに協力させてそう見せかけることが出来るだろう。

 問題は協力者だ。

 架空の相手がいることにすれば一番面倒がないが、興信所を使って僕の女性関係を調べた馬鹿もいるので、露見する可能性がある。誰かを雇う場合も同じだ。それに演技のつもりが本気になられても面倒だ。
 僕の性質を知り、僕の容姿につられず、僕に好意を抱かず、協力だけしてくれる相手。
 それも能力者であれば言うことは無い。
 こんな都合の良い相手が普通はいるはずがないのだが、奇跡的に一人だけ該当者がいた。
 だがその該当者には現在交際相手がいた。
 演技とはいえ『恋人』らしい行動をとる必要が生じた場合、交際相手がいたのでは面倒なことになる。
 この計画は協力者が不可欠だ。諦めるしかない。
 そう思っていたのだが、(僕にとっては)運よく、該当者が交際相手と別れたらしい。
 盛大に泣きわめいていた。

「ナルの馬鹿〜〜〜!!!」

 失礼なことを叫んで麻衣は大粒の涙を零して泣きだした。
 また交際相手に振られたのだ。
 こいつは性懲りもなく適当な相手と交際しては別れる。その都度、大泣きしてはたまたま通りかかった僕に愚痴を零す。付き合わされる僕はいい迷惑だ。

 麻衣は学習能力が足らない。
 今でもジーンが好きなくせして、適当に告白された相手と付き合っては別れるを繰り返す。
 普通好意を寄せる相手が死亡した場合、時間とともに思い出が風化し、目の前にいる人物への思慕が大きくなる。しかしジーンの場合は死亡したにもかかわらず、年に数回夢の中でだが遭うことが出来る。それもリアルな質感と新たな情報とともに。思慕が風化するどころか上書きされてしまうのだから忘れられるはずがない。
 一途な性質の彼女がその状態でジーンより好きでもない相手と交際するのだから、別れるのは当然の結果だった。
 同じことを繰り返すのは愚かなことだ。それならジーンを忘れられるような相手が出来るまで、僕に協力させればいい。付き合って別れて泣くを繰り返すよりは余程生産的だ。
 少なくとも僕は助かるし、麻衣も無駄に泣くことは無い。

 そうして、少々強引な方法だったが、交際することを了承させた。


 * * *


 それから二カ月、見合い話が激減した。
 こんなことならもっと早くこうすれば良かったと思うほどだ。
 少々問題があるとすれば、このことを話したまどかが『どうせなら婚約者ができたとでも言っておく?そしたら完璧よ!』と悪乗りしたことだ。止めはしたが彼女の事だ脚色してるに違いない。本国でどのような噂が広まってるか少々不安だった。

 まどかから脚色された事実を話される前にルエラには麻衣に協力してもらう旨を説明した。
『そう、協力してもらうのだからちゃんと麻衣にお礼するのよ?』
 一応そのつもりだと伝えたが、形ばかりの交際でも麻衣に迷惑をかけるのだから、本来なら交際相手がすることをナルがするべきだとも言われてしまった。
 ルエラ曰く、『電話をする』『食事に誘う』『休日のデート』『プレゼント』その他諸々、恋人の義務というやつを滔々と説明された。
 当然そんなことまでするつもりはなく、右から左に聞き流した。
 そんな僕の性格を知っているルエラは「・・・と言っても貴方がするとは思えないわね。でもたまに食事くらいは一緒に行ってあげなさい。彼女は独りなのだから」とも付け加えた。
 最後の一言のみ心に留め置いた。
 麻衣に要求されたら多少の付き合いくらいは我慢すべきだろう。
 

 そして、その通りにした。

 麻衣は時に「ご飯が食べたい」と強請るようになった。
 独りでの食事など慣れてるだろうに、しょっちゅう誰かと食事に行きたがる。時に誰とも予定が合わない時は僕に誘いをかける。頻繁ではないし、忙しい時は誘われないから、大抵その要求を受け入れた。 

 今日は豆腐料理の店に連れて行かれた。
「ここのはお出汁も昆布だからナルでも全部食べれるよ!」
 麻衣は自慢げに言って好きに品物を注文した。僕は食に興味がないから「好きに頼め」と言ったからだ。でてきた料理は豆腐ばかり。湯葉掬い、湯豆腐、豆腐田楽、揚げ出し豆腐、ほうれんそうの豆腐和え、最後に野菜の天ぷら。あと麻衣用に刺身がきた。文句は無いが偏ってはいないだろうか。
「ナルはお肉類が食べれないんだから植物性たんぱく質とらなきゃ!豆腐がおすすめ!」
 なるほど、一応麻衣なりに考えた結果のようだ。豆腐と言う、この白い柔らかい食べ物は大豆で出来ているらしい。存在を知ってはいたが普段ほとんど口にしない食材だ。
「どお?平気?」
「・・・食べれなくはない」
 美味とまではいかないが不味いとも感じない。不思議な食感だ。
 食べはじめた僕を見て安心したのか、麻衣も「揚げ出し豆腐好きなんだー」と積極的に箸を動かし始めた。
「ねぇ、日本人は昔はお肉食べなかったって知ってる?」
「ああ、大乗仏教の思想だな」
「一般人は魚とか食べれたけど、僧侶は全く駄目だったからたんぱく質豊富な豆腐を使った精進料理が発達したんだって。味付けのしょうゆとかお味噌とかも大豆で出来てるし、ナルにぴったりだよね」
「松崎さんの受け売りか?」
「・・・そだよ。良く分かったね」
「馬鹿なお前が蘊蓄をたれるなんて珍しいからな」
「専門馬鹿な博士に言われたくありませんわッ」
 日本の野菜料理のバリエーションの豊かさは本国にはないものだ。菜食主義の自分でも食べれる物が多い。テイクアウトも豊富なので独り暮らしには便利だ。
「まどかさんから聞いたんだけど、英国でも和食ブームが来てるんだって?」 
「さあ・・・。だがこの前ルエラが和食をだしたな」
「へー、どんなの?」
「『OHITASI』とかいったか、ホウレンソウのソイソース煮」
「・・・それちょっと違うから」
「やはりな」
 不味いわけではないが、知っている和食とは違った気がした。
「ルエラに正しい『お浸し』のレシピをファックスで送っとくよ・・・」
(ルエラ?)
 ふと、年配の相手に尊称をつけず『ルエラ』と自然に出た事に違和感を感じた。
「麻衣、ルエラと個人的に連絡をとっているのか?」
「ううん、個人的にってことはないんだけど・・・、たまに事務所に電話来るでしょ?そん時に少しお話しさせてもらってるの」
 事務所の電話をとるのも麻衣の仕事だ。麻衣が出た場合、ルエラは饒舌ではない僕に代わって麻衣へ詳しい近況を尋ねていた。麻衣は英語の勉強にもなると喜んで相手していた覚えがある。
「・・・ただ今回のことで少し回数は増えたかも。『ナルが苦労をかけるけどよろしくね』って言われた」
「・・・・・・」
「あとね、ナルは朴念仁だから碌なお礼をしないだろうけど、せめて食事くらい驕ってもらいなさいってアドバイス?も貰った」
「ルエラの入れ知恵か・・・」
「へへへ」
 麻衣は悪戯が見つかったような顔をした。
 この関係を築くまで、麻衣が僕を個人的に食事へ誘ったことは無い。皆での集まりに無理矢理引っ張り出されたことはあるが個人ではなかった。なのに急に食事をねだるようになったので少しおかしいと思っていた。
「えーと、怒った?」
「別に」
 麻衣がねだらなければ食事に行かなかっただろうが、別に不快な訳ではない。少々面倒だと思いったくらいだ。嫌だったら断っている。
「ルエラはナルの心配しただけだよ?一人だとろくな食事とってないだろうから、この機会にいろんな和食食べさせてねとも言われた」
「余計なお世話だ」
「いいじゃんかー、私は豪勢なご飯が食べれるし、ナルの食事情も改善される!一石二鳥!」
 自分の手柄のようにVサインをする麻衣に呆れる。 
「これが豪勢なのか?」
 豪勢な食事というのはパーティで供される肉料理や魚料理のようなものだろう。麻衣との食事は大抵が和食で野菜ばかりだ。高価なものは何もない。今日も大豆ばかりだ。
「一般の大学生にしては十分豪勢です。チェーン居酒屋じゃないもん」
「ふうん?」
 麻衣の金銭感覚はよくわからないが、この程度の食事を奢るだけで機嫌良く協力するのなら文句は無い。単純な奴で助かる。
「お刺身も美味しー!ナルは食べれなくて残念だよね」
「別にいらない」
「言うと思った」
 麻衣はにこにこ笑いながら「じゃ、遠慮なくー」と刺身の皿を手元に移動してパクパクと食べ始めた。誰もとりはしないのだからゆっくり食べろと言いたい。本当に子供っぽい。食べ方も子供っぽい。しかも粗忽者だ。
「麻衣、付いてる」 
「え!?」
 醤油が顎についてるのを指摘してやると慌ててぬぐおうとして、失敗した。粗忽者だけじゃなく不器用でもあるらしい。こいつは鏡ももっていないのか。
 そういえば、よくジーンも食べカスを顔につけていた。
 自分と同じ顔で馬鹿みたいに笑ったり、みっともなく食べカスをつけているのを見ては苦々しく思っていたことを思い出した。
(全く粗忽者同士め・・・)
 溜息を吐き、ついと手を伸ばして拭ってやる。 
 指先を手拭いで拭くと、小さい声で「あ、ありがと・・・」と礼を言う声が聞こえた。らしくもなく肩をちぢめて俯いている。顔が赤いから恥入ってるのだろう。ジーンは「ありがと!ナル!」と明るく礼を言うだけだった。羞恥心を持つだけ麻衣のほうがマシかもしれない。

「淑女の嗜みとして手鏡の一つでも持っていて欲しいのですね、谷山さん?」
 
 これにも小さい声で「はぃぃ」と答えがあったのに満足する。素直なのは悪くない。

 とはいえ、別に麻衣に淑女になることを望んではいない。
 淑女を望むなら真砂子や綾子に頼むべきだろう。彼女達なら立ち居振る舞いも淑女としての嗜みも十分にある。だが彼女達とこうして二人で食事をする気はない。誘われても断る。別に彼女達を嫌っているわけではない。面倒だと思うのは麻衣も一緒だ。
 ただ、何故か、麻衣は僕を不快にさせない。
 麻衣の馬鹿さ加減や騒がしさに苛立たされることはあれど、彼女の存在自体を不快に思ったことはない。不要だと切り捨て無視することもない。
 プライベートな空間に他人がいるのを嫌う自分が、麻衣のことは気にならない。一緒の空間にいて麻衣が黙っていればその存在を忘れるくらいだ。いてもいなくても同じに近いが、基本他人の気配を不快に思う自分にしてはかなり珍しいといえる。
 そういえば麻衣触れるのも抵抗がない。教育的指導の指弾は多用する。

 何故なのかは自分でも分からない。
 ジーンが繋いだラインも関係してる可能性もあるが真実は不明だ。


 恋人役の条件は

 淑女でも、容貌でも、頭脳でも、能力でも、財力でもなく

 自分を不快にさせない

 ただそれだけかもしれない。

 




END


ナルがジーンの食べカスを拭ったのは、同じ顔でみっともない姿を晒すのが嫌なだけであって親切心で拭ったわけじゃぁない。麻衣ちゃんに至ってはその癖が出ただけかと・・・。

2011.2.8
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