四番目の彼氏

 ジーンより好きな人が出来れば誰かと付き合いたいと思っていた。
 でも高校卒業までそういう相手は現れなかった。
 大学に入ってできた友達に彼氏が出来て幸せそうに笑っているのを見たら、少し羨ましくなった。
 それを見ていて、このままずっと一人でいるのは寂しいな、と思った。

 そんな時に、告白された。

 優しい先輩で好感が持てた。こういう人が傍にいてくれたらと思った。
 だから「もう亡くなってるけど、今も好きな人がいるんだ・・・。それでもいい?」と聞いてみたのだ。
 そしたら「それでもいい」と言ってくれたので、思い切って付き合ってみることにした。
 
 彼は大学の先輩だった。
 3歳年上でとても優しい穏やかな人で、よく勉強を教えてもらった。バイトで余り時間のない私のために、よく大学近くのカフェでデートした。休みの日には遊園地や動物園など、いわゆるデートコースも回った。デートもお付き合いも初めてで、慌てるばかりの私を、年上の余裕で笑って受け止めてくれた。
 でも彼の家で不幸があって、卒業後は北海道の実家へ帰ることになった。卒業を目前に控えたある日、「一緒に来てくれないか?」と言われた。もちろん卒業してからでいいと言ってくれたけど、卒業してもSPRで働くつもりだったし、分室が無くなるまであの場所にいたかった。でも寂しがり屋の自分が遠距離恋愛をするのは難しいと思った。悩んで悩んで話しあった末、別れた。「僕は君のお兄ちゃんで、パスケースの人を超えられなかったね」と寂しそうに言われて、何も言えなかった・・・。彼と付き合えたのは一年足らず、時間が足らなかったのかもしれない。
 今思えばジーンより好きになれるかもしれない人だった。

 次に付き合ったのは同期の子だった。
 明るく活動的な子で、一緒にいて楽しかった。よく私を連れ出してくれようとしたけれど、バイトがある私は余り付き合えず、我慢させてしまった。タイミングが悪く、約束しても急な調査や残業でドタキャンすることが何回かあった。最初は笑って許してくれたけど、だんだんバイトのことで諍いが起きるようになって、別れた。彼とは1カ月くらいしかもたなかった。

 そして今回別れた三人目の人は院生だった。
 とても頭の良い、ちょっとシャイで思慮深い人だった。穏やかに、ゆっくり付き合っていけそうだと思った。でも三ケ月で別れてしまった。もしかして私のパスケースを見られたかもしれない。聡い人だから、私のもずるさを見抜かれてしまったのかもしれない。その結果、こういう結果になったのかもしれない。


 榊原君と別れたのを聞きつけた友人ズにそれまでに至る経緯を話したら

『・・・あんたの彼氏が可哀想だわ』

 と、言われてしまった。

 バイトバイトでろくに一緒に過ごせず(しかも得体がしれないバイト)
 大事な約束もバイトでドタキャンされ(ワーカホリックな所長様のせいが大きい)
 その肝心の相手には未だに忘れられない人がいて(彼らはそう解釈した)。
 そして時には彼氏より優先される男友達がいる(ぼーさん達心の家族は友達扱いになるらしい)。

 そりゃ振られるっての。

 …うん、私もそうかも、と思う。

 彼女ら曰く『彼が一番だと思えないなら恋愛じゃない』
 私は恋愛のなんたるかを分かってないと説教されてしまった。

 やっぱり『好きになれるかも』と不純な動機で付き合うべきじゃなかったかもしれない。
 もちろん楽しかったし、幸せなときもあった。
 でもこういう結果になってしまった。

 暫くは告白されても本当に好きになる人が出来るまで彼氏作るのよしなさいと言われたけれど、実はもう出来てしまった。
 別れたその日に出来たとは言えなくて、今のところ大学の友人には内緒にしている。





 そして今の彼氏。

 私のバイト状況を良く分かってて(なぜなら原因は彼だ)、私に好きな人がいるのをよーく知ってて(なんせ彼にこの恋心を私的された)、それでもいいと言ってくれる人。
 その上、すごい美形で才能もあって将来有望(?)な人。
 
 …条件だけで言えばこの上もなく出来た彼氏かもしれない。
 ただ、恋愛の大前提、恋愛感情を彼は私に抱いていない。
 それでも一応『交際』というのをはじめたのは彼が言い出したからだ。

 彼が『交際相手がいる状況』を欲しがってたら、目の前に彼氏に振られて交際するに丁度いい相手の私がいたから話をもちかけて強引に了承させられただけ。
 その時のやり取りは大変納得のいかないものであったけれど、とりあえずその関係を維持することにした。
 困ってる彼を助けたいと思うほどには、長い付き合いだし、恩もあったから。

 ・・・あと私に都合の良いこともあるにはあったので。



 * * *



「昨日と今日さ、誰ともご飯食べてないの」
「・・・」
 夜8時の事務所は二人だけ。
 ソファーに座って本を読んでる所長さまの横でじと目で見上げながら話しかける。こちらの方は見向きもせず、視線は本から離さない。でも聞いて無さそうで聞いている。地獄耳なので私のお腹の音も聞こえてるかもしれない。
「レポートの提出日が重なっててご飯食べてる暇なかったから。提出したら皆で打ち上げ行くはずだったけど、私はお仕事で行けなかったの」
「・・・」
「さみしーので誰かとご飯食べたいんですよね」
「勝手に誰かと行けばいい」
「でもだーれも、都合あわなかったの」
「・・・・・・」
「安原さんもぼーさんも綾子も真砂子もジョンもリンさんもみーんないないし、大学の子達の打ち上げはとっくのとうに終わってるの」
「・・・・・・」
「だからナルご飯付き合ってよ」
「・・・・・・」
「彼氏なら彼女が寂しがってる時に、ご飯くらい付き合ってくれてもいいと思うんですけど」
「・・・・・・」
 じと目で見つめると、ナルはため息をついて本を閉じた。
「待ってろ」
「うん!」

 ナルは立ち上って帰り支度を始めた。
 うし!、説得成功!
 一緒にご飯をして楽しい相手ではないけれど、一人より全然いい。何よりナルは一緒に食事するといつも驕ってくれるので家計にも嬉しい。

 驚いたことにナルは『彼氏』の最低限の責任は果たそうとしてくれるつもりがあるらしい。
 ごり押しすればこうしてご飯に付き合ってくれるし、家に行っても怒られない。
 友人としても全然素っ気ないレベルだけれど、ナルにしては破格の待遇はちょっと嬉しい。
 問題ばかりの関係だし気が重かったけど、ジーンより好きな人が出来るまでは続けてもいいと思うくらいには楽しみ始めてる自分がいる。

「行くぞ」
「はーい♪何食べに行く?」
「好きにしろ」
「あ、じゃあ最近できた和食の店行ってみたい。豆腐料理だからナルでも食べれるよ」
「そう」
 
 恋人のように手は組まないけれど、二人並んで渋谷の街に出る。

 付かず離れず、並んで歩く。

 ナルはそんな四番目の彼氏。






END


よ、四番目でーす・・・。

2011.2.8
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